憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「……信じられないわ。どちらの選択肢も選ばない。私の知らないところで、勝手に暮らせば!?」

 激昂した私はガタリと音を立てて椅子から立ち上がり、捨て台詞を残してその場から去ろうとする。
 それを止めたのは、隣の席に座る副操縦士だ。

「待て。どこに行く」
「帰るのよ!」
「住んでいた家にか」
「悪い!?」

 手首を掴んだ彼は、形容し難い表情をした。
 どうやら、言いづらい出来事が起きているらしい。

 ――今度は何なの!?

 話にならないと両親のほうへ視線を移せば、何度目かもわからぬ爆弾が投下された。

「二人が暮らしていた家は、引き払ったよ」
「何それ!?」
「荷物はすでに、私の家に運び込んである。今日から陽子と千晴が暮らす家は、ノースエリアと櫻坂を隔てる壁の内側。天倉か航晴の家だよ」
「……娘の同意なく、勝手に家を引き払ったのね……!」

 私が母に電話をかけずに自宅へ戻れば、契約が解除されたもぬけの殻と化した賃貸マンションの一室と対面して、右往左往する羽目になっていたのだろう。
 冗談じゃないと思う反面、逃げ道を塞がれてどうしようもない状況であることは変えられない。

 帰る家がなければ新しい部屋を借りるしかないけれど、新しい住居が決まるまでは最低でも一週間程度は必要だ。
 その間ネットカフェやカラオケ店、ホテル暮らしをするのは金銭的な面で現実的ではない。

 一番楽な方法は、キャプテンの言葉に大人しく従うことだ。
 そうすれば、衣食住が守られる。
 ずっと憧れていた副操縦士と結婚できるし、父親と家族団らんの思い出を作れる。

 キャプテンが妻と娘の幸せだけを一番に考えて築き上げたお城で暮らすことを拒絶する私は、なんて親不孝ものなのだろう。
 黙って受け入れたらいいのに。
 きっと手首を掴んで引き止めている彼だって、そう思っているに違いない。

 でもね。知っているのよ。
 彼の愛情が真実であったとしても。
 私がキャプテンの娘だと知らなければ、恋をすることなどなかったことを。

 両親が作り上げた愛の巣は、いつかは波にさらわれて跡形もなく消えてしまう砂のお城だ。
 いつか必ず、夢から覚めるときが来る。

 そう遠くない未来に消えてなくなるとわかっているのなら、そこで暮らす選択肢など存在しない。
 してはいけなかった。

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