憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 老いて死ぬまでの期間は、母と二人で苦しんだ幼少期よりもずっと長いのだから……。

「中途半端なわけではないだろう。その感覚は、大事にするべきだ」
「はいはい。取ってつけた擁護の言葉は必要ないから」
「千晴……」
「このホテルには、何度か宿泊したことがあるの?」
「……そうだな。よく利用させてもらっている」
「館内のめぼしい場所を、案内してくださる? それからあなたの鍛えている姿を見せて」
「承知した」

 しっかりと頷いた彼はトレーニングウェアに着替えると告げ、バスルームに消えた。

 一人になった私はベリが丘を見渡せる大きなガラス張りの窓に触れ、じっと自分の姿を見つめる。

 杜若の柄が描かれた浴衣に身を包み、髪を一つにまとめ上げた私の表情は、不機嫌そうに歪められていた。

 ここはお前のような庶民には不釣り合いな場所なのだから、今すぐ逃げればいいのに。
 そう窓に映る自分に言われているような気がして、左手を握りしめた。

「……わかっているわよ……」

 仕方ないじゃない。

 嫌ってもらうつもりだったのに、ますます好きになってしまったのだから。
 誰かに取られるくらいなら、自由を奪われ不釣り合いな場所で暮らすことになったとしても、愛する人と生活したいと思ってしまった。

 こちらが気持ちを打ち明けた際に、航晴はどんな反応をするのだろう。

 喜んで受け入れるのか、お前のことなど好きではないと突き放すのか。
 望み通り後者の反応を得た場合、私は冷静なままでいられるかしら……?

「待たせたな」

 ハイスペック男性は、何を着ても様になる。

 鍛え抜かれた身体のラインをアピールするためだろうか。
 身体にフィットした有名スポーツメーカーのロゴが入ったコンプレッションウェアを身に着けている。

「行こうか」
「……ええ、そうね」

呆けていた私は移動しようと伝えてきた彼の横に並び立ち、部屋を出た。

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