憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「千晴はあまり、物欲がないな」
「生活に不必要なものを求めないだけよ」
「よりよい生活を送るために必要なことすらも、切り捨てているようだが……」
「贅沢はお金の無駄よ。将来、何が起こるかわからないのだから……。一夜で数十万溶かすより、貯金をしておいたほうが堅実的でしょ」
「使えきれないほどの資産が手元にあるとしても……」
「考えを変えるつもりはないわ。私たち、住む世界が違うのよ。本当は、この浴衣にだって袖を通したくなかった」

 フルセット5000円の簡易浴衣しか身に着けたことのない私にとって、口にするのすらも憚れるほどの高級な布を汚してしまったらどうしようかと気にしてしまい、これを身に着けてからは普段の動作すらもぎこちなくなっていた。

 倉橋の人たちと航晴の金銭感覚が狂っていることは、今に始まったことではないけれど……少しくらい、こちらの考えを尊重してくれたっていいじゃない。

 これから、夫婦になるかもしれないのだから。

「これ、すごく高いでしょ」
「値段は気にするな」
「言えないのね」
「気を悪くしないでほしいのだが……千晴が望む姿は、天倉にふさわしくない。みすぼらしいと攻撃されるのは、君なんだ。俺とキャプテンは中傷を受けて傷つくところを見たくない」
「私は気にしないわ。何を言われても、堂々としていられる」
「LMMの評判に、傷をつけることになるぞ」
「……私と会社は切り離して考えてほしいのだけれど……」

 私たちの気持ちと、周りの人間がどう思うかは別問題ということね。
 天倉の娘として生まれた以上は、人々の期待を裏切らないような立ち振舞いをする義務がある、と。
そう言いたいのでしょう。

 長年庶民として生活してきた記憶を捨て去り、きらびやかな暮らしを享受する新しい自分に生まれ変わる覚悟がない限り、彼に思いを告げることなどできない。

「ここには俺しかいないからな。思い存分、羽目を外しても構わない。だが……」
「……そうね。いつまで経っても、中途半端なままではいられないわ……」

 今は限られた人しか知らないけれど、そう遠くない未来に天倉の娘であると大々的に公表する場を設ける予定だった。
 名だたる人と顔を合わせ、作り笑顔を浮かべながら航晴と挨拶回りする時は必ず訪れるはずだ。

 いつまでも、庶民気分のままではいられない。
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