憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 もう、逃げるのはやめよう。

 この気持ちを曝け出したら、元の生活には戻れないことはよく理解しているけれど。思わぬ場所で口を滑らすよりは、ムードのある場所で打ち明けたほうが良いと思うから。

「ねぇ、航晴」
「な……」

 空港では三木副操縦士。

 プライベートではあなたと呼んでいたのに、突然名前で呼んだからでしょうね。
 彼は素っ頓狂な声と共に歩みを止めてしまい、ランニングマシンの外に出てしまう。

 バランスを崩すことなくしっかりと床に着地した辺りが、流石としかいいようがなかった。
 そう感心しながらゆらゆらとバランスボールの上で身体を揺らしていれば、すぐに異変が起きる。

「わ……っ」
「千晴……っ!」

 彼の驚き顔がレアだと、気を取られている場合ではない。
 大口を叩いておきながらもバランスを崩し、頭から転がり落ちてしまいそうになったからだ。

 航晴は俊敏な動きでこちらに手を伸ばすと、こちらの手首を掴んで――。

「大丈夫か!?」
「え、ええ……。問題ないわ。ありがとう……」

 彼が手首を掴み、反対の手で腰を抱き寄せてくれたお陰で、どうにかバランスボールの上から転がり落ちることがなくて済んだ。

 距離が近くて、心臓がドキドキと高鳴っている。

 彼にこの音が聞こえていたら、どうすればいいのかしら。
 気持ちを伝えるのは、夜空に大輪の花が咲き誇った瞬間だと決めているのに――。

「許嫁のアドバイスは、素直に受け取るべきだ」
「そうね。反省しているわ」
「ならば……」
「トレーニング姿を見せてくれて、ありがとう。今度は、あなたの浴衣姿がみたいわ」

 航晴は呼び方が戻ったことを、とても残念がっているようだった。

 私が嫌がるとわかっているから直接指摘することはなかったけれど、目に見えてテンションが落ちている。

 今日を終えたら、二人きりの時はいつだって名前を呼んであげられるのに。
 私は妖艶に微笑むと念を押す。

「まさか、私のお願いが叶えられないの?」
「そんなわけがないだろう。かしこまりました。我が許嫁殿」

 彼はやけに芝居がかった動作で私に告げると、バランスボールの上から強い力で引き上げた。


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