愛の街〜内緒で双子を生んだのに、孤高の副社長に捕まりました〜
わがままを言うつもりはないが、自分にとって秘書は相棒のようなもの。

有紗以外のどの人物も秘書にする気になれなかったのだ。

「もちろん、秘書課の方々のサポートも完璧だとは思いますが、真山さんはなんというかスケジュールの入れ方にしてもなんにしても、副社長への思いやりが感じられました。副社長がお忙しいのは仕方がないですが、それでもなんとかお休みになれるよう、わずかな時間もなるべく快適にお過ごしになれるように心を砕いておられたように思います」
 
さすがは就任以来、専属運転手を勤めてくれているだけのことはある。

彼は龍之介が考えていることを的確に指摘する。
 
有紗の仕事が完璧で丁寧なのは、誰から見ても明らかだが、それだけではなく相手に対する思いやりに満ちていた。
 
降るように入る予定の中で、休憩や休日は確保してくれた。

どうしても休みが取れない日が続く時は、移動中などの一瞬の時間にリラックスできるよう配慮してくれた。
 
思えば彼女の作った書類がずば抜けて読みやすかったのも、秘書業務と同じく読み手のことを一番に考えて作られたものだったからだ。

「こちらへ戻って、働いていらっしゃるなら、ご連絡をくだされば……」
 
運転手はそこまで言って、なにかに気がついたように口を噤む。
 
龍之介は気まずい思いでバックミラーから目を逸らした。
 
彼女がそうしなかった、その理由に、運転手は心あたりがあるのだ。
 
彼は、最後の日の夜、ル・メイユールで食事をした有紗と龍之介が、帰宅しなかったことを知っている。
 
龍之介もそれ以上はなにも言わずに、窓の外、流れる景色を眺めた。
 
さっき目にした二年ぶりの有紗の姿。彼女がいない二年間、何度も夢に見た彼女が現実にそこにいることに、胸が甘く締めつけられた。
 
きっちりとまとめられた髪と綺麗な瞳。
 
少し痩せたようにも思えたが、とにかく元気そうであったことに安堵した。
 
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