もう誰にも恋なんてしないと誓った
 弁護士は依頼された案件に関しては、知り得た全てを文書に記録しておかねばならないと何年か前に定められた。
 そう決まっているのにサザーランド側が弁護士の立会を避けたいのは、記録に残されたくないからだと。
 グレイソン先生はそのように推察されているけれど。


 隠れて内々で、やり取りしたいと言うこと?
 キャメロンの名前を家系図から消す、と言うのは、閣下はキャメロンを勘当する、若しくは彼が産まれていなかったことにする、とお考えなのかしら? 
 そうなると、彼はグローバー子爵にもなれない?
 アイリスから何度も聞かされていた、侯爵ご夫妻が娘のように可愛がっておられた彼女との婚姻が決まったのに?
 

 疑問が次々と浮かぶ。



「侯爵閣下がオースティン卿とご一緒にいらっしゃるのなら、こちらは顔の知られていないフレイザーを、伯爵様の秘書として同席させましょう」

「あぁ、それは良いな。
 3日後に、と返信しよう」

 
 グレイソン先生からのご提案に、父が頷いた。


 3日後……オースティン様がどのように出てこられても先生の甥御様が同席してくださるなら、とても心強いのは確かだけれど……
 


 
 あの夜に閣下に、秋に必ず送りますとお約束した11月に解禁される新作ワイン。
 閣下がこの先、ハミルトンのワインを口にされることはないだろう。
 そして、あの朗々とした美声を、わたしが聴くことも二度とない。 


 それだけが心残りだ。



     ◇◇◇



 3日後、侯爵家のお二方がこちらへ御出になる2時間前にフレイザー様がいらっしゃった。

 グレイソン先生の事情聴取でお会いした時は印象の薄い方だったけれど、両親に挨拶をする姿は、父から聞いていた切れ者の法律家というより落ち着いた良家のご子息に見えた。


「先日は名乗りもせずに失礼致しました。
 伯爵様から、お嬢様は私の名前をご存じなかったとお聞きしました。
 ハリー・フレイザーと申します。
 以後、お見知り置きください」

「わたくしの方こそ失礼致しました。
 本日はどうぞよろしくお願い致します」


 簡単に挨拶を交わしただけだったけれど、前回「深呼吸をしてみましょう」と言ってくださった時と同じ穏やかなトーンの声は、朝から少し緊張していたわたしを落ち着かせてくれた。



 本日のフレイザー様の役柄は、父の秘書と言うことになっている。
 ご自分の弁護士も立ち会わせたくない閣下が、秘書の同席等お許しになるのかしら、とも思うけれど。

 取りあえずグレイソン先生がご提案されて、父が同意したのだから、わたしがあれこれ言うこともない。


 ここからはハミルトンとサザーランドの話し合いになる。

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