もう誰にも恋なんてしないと誓った

28 それだけが心残り◆シンシア

 こちらから慰謝料請求の内容証明を送った5日後のこと。 
 既に学院は夏休みに入っている。

 
 父宛に金色の蝋にグローバー家の印璽で封された手紙が届けられた。

 上質な紙で作られた封筒にはサザーランド侯爵閣下の直筆で、父の名前が記されていた。
 わたしが何故、閣下の直筆だと知っているのか。
 

 それは、5月に行われた両家顔合わせの夕食会。
 王都邸に侯爵家の皆様をお招きした。

 食事に合わせてお出ししたハミルトン産のワインを、大層お気に召した閣下が酔われて、気分が乗られたのか、古典詩の1節を諳じられて。
 その響きの美しさにわたしが感嘆したところ、閣下が内ポケットから、これもまた美しい仕様のカードを取り出されて、サラサラとその1節を書いてくださった。


 人前で詩を諳じられるのもすごいが、内ポケットからカードなど……
 さすがに中央の高位貴族は違うと、その雅さに母とうっとりとした。


 けれど、母もわたしも父にそれを求めているのではなくて。
 ハミルトンの男は、美しいカードをポケットに用意しておく必要はない。
 その場にある適当なものに書き付けるのが、父だ。



 予定では今日は母と共にハミルトンへ帰る日で、駅までキャメロンが見送ってくれることになっていた。 
 今から考えると、キャメロンとわたしは合わなかったのかもしれない。


 「紳士を名乗る資格はない」とグレイソン先生に断じられたキャメロンは。
 侯爵夫人に似た優美な見た目と、わたしに対しての態度は雅な紳士だったけれど。
 華やかな王都で生まれ育った彼にとって、わたしではきっと物足りなかったのだ。



「こちらはグレイソンを通して送りつけたのに、閣下は直に送ってこられたな。
 それとシンシア、キャメロン・グローバーとアイリス・マーフィーは卒業後に結婚すると決まったそうだ」


 手紙を読み終えた父が、雅から程遠い笑顔を見せた。


   

 ── お互いの弁護士を同席させずに、謝罪をしたい。

 私信の形を取った侯爵家からの書状には、そう書かれていた。
 
 父から手渡された閣下の手紙を読み、グレイソン先生もまた笑いを浮かべていた。

 

「侯爵家の弁護士を伴わないのは、聞かれたくない話をするおつもりでしょう。
 12代目当主の次男の婚姻が不貞からだったと、弁護士の立会記録に残したくない……
 まさかと思いますが、キャメロンという名を家系図から消すおつもりか……
 そうなると、ハミルトン側にも弁護士の同席をやめて欲しいとするのは、こちらの手元にも、キャメロン・グローバーから支払われる慰謝料の記録を残したくないから……彼の名前を残したくないのかもしれません」

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