青春は、数学に染まる。

伊東と空手

 
翌日、数学科準備室に行くと早川先生が入口で待っていた。


「おはようございます。藤原さん」
「おはようございます」
「今日も勉強頑張りましょうね」


早川先生は素敵な笑顔を浮かべた。
まるで昨日、何も聞いていなかったかのような雰囲気。


「おはよーございます」
「…おはようございます」
「……」

私が来て直ぐに伊東も入ってきた。
真っ先に伊東から視線を感じたような気もしたが、目線を向けないように下を向く。



空気が重く、少し気まずい。


早川先生は、伊東と私を交互に見て溜息をついた。

「………藤原さん、今日は違う部屋で勉強しましょうか」
「え?」
「荷物を持って、僕について来てください」

そう言って無理矢理、私を数学科準備室から連れ出した。



「………」

 
伊東は自分のデスクに鞄を置いてそのまま固まっていた。

早川先生は空き教室がある棟に向かって歩き出す。
多分…気を(つか)って部屋を替えてくれたのだろう。


「…全く…見てられません」
「え?」
「…あ、ごめんなさい。独り言です」


早川先生はこちらを見ずに返答だけする。
特に会話も無く、目的地へと向かった。




空き教室棟に入ってすぐの教室前で止まった。

早川先生は慣れた手付きで鍵を開ける。
鍵を持っていたということは、最初からここへ来る予定だったのかもしれない。

「今日はここでやりましょう」

机を縦に3つしか並べることができないくらい小さな教室。

空き教室が並ぶこの棟には、教師も生徒もなかなか立ち入らないため基本的に人気(ひとけ)は無い。




早川先生と2人、静かな時間が流れた。




補習が始まって2時間が経過した頃。
やはり、私の頭はショートしていた。

「もう無理…」
「お疲れ様でした。今日も頑張りました。ここで終わりにしましょう」
「ありがとうございました」

早川先生に向かって一礼をすると、先生は微笑んだ。

「藤原さん。貴女は賢いです。伊東先生がつまらないことを言いますが、決して気にしないで下さい。貴女の数学教師は、僕ですから」

早川先生は優しい笑顔を浮かべて扉を開けてくれた。
 





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