青春は、数学に染まる。

「教師として」の自分


正直、伊東先生のことを攻めながら自分に返ってくることがあった。



僕と藤原さんの関係について、先に好意を伝えたのは僕だ。
僕だって、教師失格かもしれない。



性行為の範囲って?
身体の関係が全てでは無いだろう。

撫でるのも、抱き締めるのも、キスするのも…。これだって性行為だろう。

同意の上か、そうではないか。
教師と生徒間ではそれは関係無いこと。

 
伊東先生とは状況が全然違うけど、バレたら解雇させられるというのは僕だって同じだ。



「………」



僕が今からすることは正解か分からない。
僕だって、本当は人のこと言えない。



もし伊東先生が腹いせに僕と藤原さんのことを周りに喋ったら?
その時…僕はどうする。

 

…僕の行動も、浅はかだった。


そんなこと考えながら頭を抱える。



少なくとも、これからは学校内で藤原さんに触れたり撫でたり…他から見て怪しい行動はしないように気を付けなければ。今更、そんな事を思う。






部屋に戻ると、的場さんは教壇の上で眠っていた。
その横で藤原さんはスマホを弄っている。



「あ、先生!」
「お待たせしました」

藤原さんはスマホを置いて僕に飛び込んで来ようとする…が、それを静止した。

「…え?」
「藤原さん。とても大切なお話をします」

藤原さんを席に座らせ、僕も隣に座る。
不安そうな藤原さんを抱き締めたくなるが、その感情を必死に押さえつける。



「的場さん、寝ているようですので、取り急ぎ藤原さんだけにお話します。簡単に言うと、伊東先生は真っ黒でした。今回の件、的場さんが6人目らしいです」
「えっ…6人…」
「詳しい内容はお話できませんが、僕は伊東先生と青見くんを上に報告します。もう同情の余地はありません」

藤原さんはポロっと1粒の涙を零した。

「ふふ、それは誰に対する涙ですか?」
「…意地悪」



唇を噛んで涙を堪えようとしている藤原さんが愛おしい。
守らなければ、強くそう思う。


「上に報告するのは良いのですが、ここで問題になるのが僕と藤原さんのことです。僕から藤原さんに触れてきてしまいましたが、これだって他の人からみたら上に報告する案件になります。経緯や状況は全然違いますが、教師が生徒に手を出すという面では同じなのですよね」
「いや…違う! 早川先生は、伊東先生と違うよ…」


藤原さんは涙が堪えきれず零れる。
僕は右手で涙を拭って、微笑んだ。

「今後は気を付けましょう、というのです。藤原さんが在学中は不用意に触れたりしません。当然、学校内ではあくまでも “先生と生徒” です。…正直、ここまで何も無かったことを幸運に思います。だからこそ、これを機に一層気を付けて藤原さんとの関係を守っていきたい。そう思うのです。…そう決めた上で、僕は伊東先生のことを報告しに行きます。伊東先生のこと悪く言っておりますが…本当は僕だって同罪です」
「…そんな行動を率先(そっせん)して(おこな)っていた人の言葉ではありませんね」
「だから、反省して今後は気を付けようと決めたのです…」

藤原さんは僕の手を握った。その瞳は悲しそうに揺れている。

「補習はこれからも継続しますし、お話したくなったら連絡を取り合いましょう。大丈夫です、今度は別れようと言っているわけではありません」
「そうですね。………先生、報告頑張ってください。そして、有紗のために動いて下さってありがとうございます」
「そんなの当たり前のことです。因みに…確認しますが、伊東先生は確実にこの学校を去ることになると思います。藤原さん、寂しく無いですか? 仮にも、好きだった人ですけど」

ちょっと意地悪をしてみたくなった。
僕がそう言うと、藤原さんは無言で握っている手に力を加えた。

「痛いです…」
「先生の馬鹿! もうあんな人、大嫌いです。人というか、ゴミですけどね!!」

泣き顔で怒っている藤原さんが可愛い。
僕は本当に馬鹿だ。こんな試すようなことをして、安心感を得るなんて。

「ふふふ。…真帆さん、ちょっとだけ」

感情が抑えられない。つまらない僕は、ほんの一瞬だけ藤原さんを抱擁(ほうよう)した。

「…先生、前言(ぜんげん)撤回(てっかい)が速すぎます」
「学校内では、これが最後です」

…多分。

そう心の中で付け足す。



お互い微笑み合って、ふと視線を的場さんの方へやると…目が合った。


「あ」
「先生、すみません。寝ていました…」
「え? 有紗起きていたの!」

的場さんは微笑みながら体を起こす。

「あぁ、無理しないで!」
「大丈夫。かなり良くなった。それよりも、良かった…。真帆と先生、上手く行っていて良かったぁ…」
「私と先生のことは見なかったことにしといてよね」
「目に焼き付いた…」
「やめてよー!」


少し元気になった様子の的場さん。良かった。痛みも軽くなったかな。




今なら大丈夫だろうと判断し、僕はさっき藤原さんにも話したことを、簡単に伝えることにした。

「…的場さん。さっき伊東先生と話してきました。ショッキングな内容もあるので詳しくはお話できませんが、結論から申し上げますと、僕は伊東先生と青見くんを上に報告します。伊東先生は学校を去ることになるでしょうし、青見くんも謹慎か…最悪は退学になるかと思います」

微笑んでいた表情が曇る。
それは…青見くんは彼氏だったわけだし、かなり複雑な心境に違いない。

「…先生、分かりました。別に伊東先生はどうでも良いですし、青見先輩も…最低だと分かったので。大丈夫。もう情はありません」

よろしくお願いします、と小さく頭を下げた。





外は暗くなっていたが、的場さんは歩けると言うから2人を自力で帰らせた。2人一緒なら藤原さんも的場さんも大丈夫だろう。




「…よし、これからです」

僕は報告する内容について、必死に考えていた。








 
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