気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 人と接する機会が多い秘書という仕事柄、外見はそれなりに気を遣っている。
 肩甲骨の長さの髪は上品なマットベージュにカラーリングし、少し吊り上がり気味の大きな目はメイクで柔らかな印象に。
 気持ちの面でも、忙しいときこそ笑顔を忘れず丁寧にと自分に言い聞かせて頑張っているつもり。ところが今の咲良の顔は嫌になるほど辛気臭いものだ。
 情けなく下がった口角、無気力な目付き、眉間にはシワが寄っている。
(なんて酷い顔……)
「咲良ちゃん、大丈夫?」
 ショックを受けて固まっていると、社長秘書の国原美貴(くにはらみき)に声をかけられた。
 咲良は大学卒業後に、新橋に本社を構える菓子メーカーに入社し、新人研修を経て営業部に配属。その後二十五歳で秘書室に異動になった。
 当時は右も左も分からず戸惑ってばかりで、そんな咲良に一から仕事を教えてくれたのが、五歳年上の美貴だった。
 縁の下の力持ち的な秘書の仕事を咲良は気に入っている。サポート業務は自分にあっていると感じるし、やりがいがある。
 ただ問題は、役員の中で最も気難しく、担当秘書がすぐに辞めてしまうという副社長付きに選ばれてしまったこと。
 咲良は眉間に深く刻まれたシワを指で延ばしつつ、笑顔をつくった。
「はい。また美貴さんに心配かけてしまってすみません」
「咲良ちゃんのせいじゃないでしょ。それにしても副社長には困ったものね、なにも人前で怒ることないのに。しかもまた勘違いなんでしょう?」
 美貴が周囲を気遣うように声を潜める。
「はい、いつもの感じです」
 咲良もひそひそ返事をする。
「トラブルが続くせいで残業ばかりだし。大分疲れてるんじゃない?」
「適度に息抜きはしてるので大丈夫です」
「本当に無理しないでね、頑張っているのは、みんな分かってるから。咲良ちゃんが副社長のフォローをしているから、大きなトラブルにならずに済んでるって」
「そう言って貰えて嬉しいです」
 咲良は本心からそう答えた。パワハラ上司の下で挫けそうになるときもあるけれど、必要とされている実感がモチベーションになっている。
(モヤモヤしてるよりも、前向きになった方がいいよね)
 少なくともさっきのようなふてくされた顔は厳禁だ。
 咲良は気持ちを切り替えて自席に戻り、文書作成の続きに取り掛かった。

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