岩泉誠太郎の結婚

怪文書

 彼女との生活は想像を絶するほどにしあわせの連続だった。

 戸惑いながらも俺を受け入れようとしてくれる彼女がかわいくてかわいくて、これ以上はないと感じていた彼女への愛は、限界を越えて増幅し続けている。

 彼女と過ごす時間はまるで麻薬のように俺を狂わせ、際限なく彼女を欲してしまう。

 溢れる想いを余すことなく伝えたい。一瞬たりとも彼女を手放したくない。ずっとそばで彼女に触れていたい。なのにどうして会社に行かなくてはいけないのか‥‥

 いや、仕事は大切だ。彼女との生活を守るためにも、一生懸命働こう。

 俺は毎日血の滲むような思いでマンションを出て、彼女との時間を確保するため、全力で仕事に取り組む。俺は彼女のためならいくらでも頑張れるのだ。

 怖いくらいしあわせな日々が続き2ヶ月が過ぎた頃、穏やかだった日常に波風が立った。

 俺の詰めが甘かったせいで、彼女との関係が思わぬかたちで表沙汰となってしまったのだ。

 社内メールに一斉送信された『注意喚起』という題名の怪文書。その内容は‥‥

『西アジア第一グループに所属している安田椿は、玉の輿狙いの淫乱女。婚約者の有無に構わず条件のいい相手を誘惑し、現在三股中。素朴な見ために騙されぬよう、注意願います』

というもので、先日彼女と仙台へ行った時の食事風景の他に、彼女が啓介や宗次郎さんと食事をしている写真の計3枚が、ご丁寧にも俺達のプロフィール付きで添付されていた。

 啓介の写真は少し前に婚約者の三枝さんを紹介された時のもので、宗次郎さんの写真は先週俺にどうしても外せないパーティーがあった日のものだろう。

 彼女がたまには外に飲みに行きたいと言っていたので、俺の帰りが遅くなる日を狙って宗次郎さんに彼女を誘ってもらったのだ。苦渋の決断だったが、彼女のかわいいほろ酔い姿を知らない奴らには拝ませたくない。こんなことなら啓介の時にアルコールを許可しておけば良かったと心底後悔したが、あとの祭りだ。

 だが問題はそこではない。ただ食事をしているだけの写真でも、憶測を呼ぶには十分過ぎる内容であることが問題なのだ。

 人事部が関係者である俺と彼女と宗次郎さんの聞き取り調査を個別で行い、彼女の不名誉な誤解はすぐに解消された。

 誰もやましいことはしていない。俺と彼女の関係を会社に報告することになってしまったこと以外は、形式上何も問題はないはずだった。
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