岩泉誠太郎の結婚

反撃

 言われてみれば、澤田やよいにしつこく付きまとわれていたことに思いあたる。

 調査を中断する前に一度だけ澤田社長に会う機会があった。その時見合いをするつもりがないことを彼に直接伝えたと記憶している。

 なのにその直後から、娘の澤田やよいが俺を訪ねてくるようになったのだ。

 断っても断っても個人的な理由での訪問は止まらない。一応は取引先のご令嬢だ。どんなに迷惑でも断り続ける以外の手段がなかった。

 椿と暮らし始めてから、俺はとにかく早く家に帰りたくて、その為に一切の無駄を排除するようになっていた。

 そのせいで『澤田やよいが俺の婚約者だ』という社内の噂を聞き逃していたのだから、俺は本当に大馬鹿だ。その噂を耳にした椿が、一体どんな気持ちでいたのか‥‥申し訳なさ過ぎる。

 とにかくその頃から、無駄の筆頭である澤田やよいを気遣う余裕が俺にはなくなった。何度かおざなりに追い返し、なおも突撃してくる無駄に打たれ強い彼女に、多分俺はキレていたのだと思う。

「結婚を考えてる人はいますが、それはあなたではない。これ以上の訪問は仕事の邪魔になるので、遠慮して頂けませんか?」

 怒りに任せてうっかり放った『結婚を考えてる人』という情報が、彼女を大きく動かす結果となってしまった。

 興信所を使って俺と椿が同棲してることを突き止めた彼女は、あろうことか椿に直接別れろと言いに来て返り討ちにあい、怪文書で椿を攻撃するに至ったのだ。

 どうして俺じゃなくて椿が攻撃されなくちゃいけないんだ!?それで椿がいなくなれば俺が自分のものになると本気で思っているんだろうか?その思考回路が俺には全く理解できない。

 俺にも落ち度があるのは百も承知だが、今はとにかく犯人を叩きのめすと決めていた。

 俺はすぐに父さんに会いに行き、澤田薬品の調査資料を広げて澤田社長をはじめとする経営陣がいかに無能かを説明した。合併しなければ数年以内に倒産もあり得ること。さらに現在の経営陣が残っている状態で合併しても三角側にメリットは少なく、最悪負債を背負う形になる可能性があることを示唆する。倒産を待つのも手だが、実質会社を支えてる層を取り込んで現在の経営陣を追い出す形で合併するのが最も利になると熱弁した。

 ここ数日、なりふり構わず派手に動き回っていたので、父さんもある程度の事情は把握していることだろう。この提案が俺の私怨にまみれていることもわかっているはずだ。

 感情で動くことを嫌う父さんがどう反応するかは賭けだったが、提案を許可した上でM&A統括部の担当者まで紹介してもらえた。

 父さんのお墨付きをもらったからには、徹底的にやらなければ。
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