岩泉誠太郎の結婚

終わりよければ‥‥

 澤田薬品との合併に着手してから3ヶ月。ようやく経営陣が入れ替わり、必要な手続きも全て完了して、無事に合併が成立した。

 経営不振による業界大手の合併は当然大々的に報道された。グループ会社が関わっていることもあり、社内はその噂で持ちきりとなった。

 その最中、澤田やよいが憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子で俺の元を訪れてきた。

 彼女は既に取引会社のお嬢様ではなくなったので門前払いするよう指示してあった。受付を無許可で突破したと報告があったので、人目の多いワークスペースで迎え撃つ。

「こんなやり方卑怯じゃない!許されるはずがない!」

「言ってる意味がよくわかりませんが‥‥卑怯なのは澤田さんの方ではないですか?事実無根の怪文書を使って自分の手を汚さずに他人を追い詰めるなんて、卑怯以外のなにものでもない」

「はあ!?事実無根なんて嘘よ!安田椿は玉の輿狙いの淫乱女じゃない!」

「まあ確かに‥‥安田さんと私は婚約者としてお付き合いをしてるので、完全に嘘だとは言えないかもしれませんが、それ以外は事実ではないですよね?‥‥ましてや彼女は淫乱ではない。これ以上私の婚約者を侮辱するのはやめてくれませんか?」

「何が婚約者よ!あんな容姿も家柄も並以下で平凡な女、あなたに相応しくないわ!」

「相応しいかなんてどうでもいい、私が安田さんを望んでいるんです。あなたにとやかく言われる筋合いではない。そうやっていつまでも彼女を侮辱し続けるなら、これまでのことも含めて刑事告訴を検討させてもらいますよ?」

 告訴という言葉に激しく反応した彼女は、憤怒の表情で周りを見回した。

 噂の令嬢が社内で大騒ぎをしているのだ‥‥当然野次馬が群がり、好奇の目でことの成りゆきを見守っている。

「私だけがこんな目に合うなんて許さない!」

「何を言ってるんですか?酷い目に合ってるのは、あなたじゃなくて私の婚約者である安田さんだ。彼女を傷付けることは誰であろうと絶対に許さない。必要ならばありとあらゆる手段を使って徹底的に叩き潰すと決めています。そのつもりがあるなら覚悟をしておいた方がいい」

 社内の人間への威嚇も含め、語気を強める。

 そんな俺の様子に怯んだのか、彼女は何かの作業途中で置きっぱなしになっていたハサミを目にすると、それに飛び付いた。

「ぅうあああああ!!!」

 おいおい、嘘だろ!?

 奇声をあげながらハサミを振り回して暴れだした彼女を咄嗟に押さえ込む。周りで見ていた男性社員数人もそれに続く。

 ここまで騒ぎが大きくなってしまえば警察に通報せざるをえず、彼女はその場で現行犯逮捕された。
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