スマホ少女は空を舞う~AI独裁を打ち砕くお気楽少女の叛逆記~

42. 大いなる森林

 と、なると……。

 瑛士は床の金網に座り、気持ちを落ち着けながら大きく深呼吸を繰り返した。

 『深呼吸が全てを解決してくれる』というシアンの言葉を思い出し、瑛士はゆっくりと精神を落ち着けていった。

「ふふーん、そんなことして見つかるのかなぁ……。くふふふ……」

 少女は楽しそうに瑛士を見下ろし、笑う。

 瑛士は少女の意地悪な言葉はそのまま横に流し、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら深層心理の奥底へと降りていく。

 スゥーーーー、……、フゥーーーー。
 スゥーーーー、……、フゥーーーー。

 やがて、スッと落ちていく感覚に襲われた――――。

 五感が研ぎ澄まされ、周りのことが手に取るようにわかり始める。サーバー群が鮮やかな黄金色の光をもうもうと巻き上げ、少女が鮮やかな青いオーラを放っているのが感じられる。

 さらに深呼吸を繰り返し、感じられる範囲を徐々に広げていく……。

 無数のサーバー群が輝きを放ちながら果てしなく並んでいる姿が感じられるが、肝心の時限爆弾とやらは見つからない。

「ほらほら、急がないと爆発しちゃうぞー! くふふふ……」

 少女はいたずらっ子の笑みを浮かべ瑛士を煽る。

 瑛士は大きく息をつくとすっと立ち上がり、少女のブラウンの瞳をじっと見つめた。瞑想状態の瑛士には計算や打算などなく、ただ素直に本能に従って動いている。

「な、何よ? やろうって言うの? 言っとくけどあんたのヘナチョコ攻撃なんか通用しないんだからねっ!」

 少女は瑛士の無言の圧力に気おされ、後ずさりながら喚いた。

 瑛士はポケットからスマホを取り出すと、おもむろに少女に向けてシャッターを切った。

 パシャー!

 辺りにシャッター音が響き渡り、少女の瞳から光が消えた――――。

「な、何よこれ―!?」

 少女のアバターが画面の中で暴れている。

 瑛士はニコッと笑うとやさしく少女のアバターをなでた。

「シアンに教えてもらった術式だよ。時限爆弾なんて最初からないんだろ?」

「な、何言ってんのよ! 爆発しちゃうぞ! 多くの人が死ぬのよ?」

「爆発したらあなたも困りますよね? そんなことするはずないんだ」

 瑛士はアバターに優しく笑いかける。

 少女のアバターはキュッと唇を噛むと悔しそうに言った。

「ふぅん、思ったより優秀じゃない。いいわ。合格にしておくわ」

「ありがとうございます」

 瑛士は瞑想状態のまま嬉しそうにゆっくりと頭を下げた。

 少女はその紳士的な瑛士の所作に思わず微笑むと、

「あなたいい子ね。後でお詫びの品を送るわ。期待しててちょうだい」

 そう言いながら、画面の中で指をパチンと鳴らした。


         ◇


「着いたぞー! 起きろー!」

 気がつくとシアンが頬をペシペシと叩いている。

「つ、着いた……の? ……。うぅん……」

 瑛士はまぶしい光に目を細めながらそっと辺りを見回した。

「え……? うわぁ!」

 目が慣れてきて見えてきたのはなんと鬱蒼とした大森林だった。

 大宇宙を飛んで、液体金属球の中に入ったらイミグレーションで揉めて、気がつくと大森林。それはもはや何かの冗談みたいな話である。

「ここが女神ヴィーナのおわす神殿だゾ? いい感じでしょ?」

 シアンは茶目っ気のある笑顔で瑛士の顔をのぞきこむ。

「な、なんで……、森なの? えっ!? こ、これって……」

 瑛士は森がずっと上の方にまで続いてるのを追って見上げていく。すると、なんと真上も森林だった。まるで飛行機から見下ろしたように、多くの木々がこちらに向かって生えている。

 要は、十キロに及ぶ巨大な液体金属球の内側は全部森だったのだ。そよ風に乗って香ってくるさわやかな森の香り、そして聞こえてくる鳥たちのさえずり。上さえ見上げなければそれは気持ちの良い高原の森そのものだった。

「やっぱり、森が落ち着くからねぇ」

 シアンは両手を伸ばし、大きく森の匂いを吸い込んで幸せそうに伸びをする。

 と、その時、パカラッパカラッという馬の駆ける音が響いてきた。

 え……?

 森を貫き緩やかにカーブする石畳の道の向こうを見ると、白馬に乗った少女がやってくる。

「シアンちゃーーん!」

 大きく手を振っている少女をよく見ればさっきのイミグレーションの娘だった。

 そっとスマホの画面を確かめてみるが、そこに彼女のアバターはもう居なかった。アバター化を解除する間もなく森に飛ばされてきたのに復活しているということは、あのシアンの術式を自力で突破したのだろう。相当に上位の使い手に違いない。

「おーぅ、タニア! 大きくなったねぇ」

 シアンも手を振り返す。

 タニアは近くまで来ると身体を起こして手綱を引き、馬を止めようとした。しかし、馬はレヴィアの巨大な真紅の瞳と目が合ってやや興奮気味である。苦笑しながらタニアはドウドウ! と声かけ、落ち着かせた。

 ブルルルル!

 まだ息の荒い馬をなで、タニアはピョンと身軽に飛び降りる。

「ふぅん、その人が例の新人さん? 初めまして、ヨロシク!」

 タニアはニッコリと笑いながらパチッとウィンクをした。

「よ、よろしくお願いします……」

 瑛士は軽く会釈をしたが、これまた癖の強そうな少女の登場にふぅとため息をついた。

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