愛し、愛され、放さない
「は?足、離してくれません?」

「黒沢さんって、結構な有名人なんですね?」

「は?」

「“黒百合”」

「………」

「びっくりした。
あんたが“あの”黒百合だなんて。
もっといかつい奴なんだと思ってた。
“百合”って苗字だと思ってたから」

「………だから?」

「は?」

「僕が黒百合だから、何ですか?」

「別に。
まさか、お隣さんになるなんて思わないから」

「だったらいいですよね?
じゃあ、失礼します。
―――――あ、そうだ!」

「何?」

「もう二度と、妻に関わらないでください。
おすそ分けなんか気持ち悪いし、掃除もしなくてもここのおばさん達がしてくれるだろうし。
関わることないですよね?」

「は?」

「じゃあ…よろしくお願いしますね」
そう言って、ガシャンと閉めた。

深呼吸をして、恐ろしい雰囲気を消し去る。
玲蘭には、出来る限り穏やかで優しくいたいから。

戻ると、玲蘭がパタパタと近づいてきた。
「ごめんね、長い間一人にして……」

「ううん!
誰だったの?」

「隣の夜野さんだよ」

「え?夜野さん?
何の用で?」

「シュークリーム」

「え?」

「シュークリームのお金を払えって」

「え……
おすそ分けじゃなかった…の…?」

「実はね、今日帰る前に夜野さんのところに寄ったんだ。
お礼を言いに。
そしたら……」

「そ…だったんだ…
ごめんなさい!私、てっきりおすそ分けだと思って受け取っちゃったから…」

「ううん。
玲蘭は悪くないよ?
でも、もう関わらないで?
今度は何言われるかわからないから」

「う、うん…
あ、でも、出来る限り一人で外に出るのは控えようと思ってたし、もし出て夜野さんに会っても挨拶だけにしておく。
お仕事忙しいって言ってたし、あんまり会わないとは思うけど…」

「うん、そうして?
でももし、しつこく言い寄ってきたりしたら、すぐに連絡ちょうだい!」

「うん…
…………でもなんだか…怖いね…」
そう言って、百合に抱きつく玲蘭。
百合も包み込み背中を撫でながら、ほくそ笑んでいた。

これでまた、玲蘭は僕以外と外に出ない。
夜野にも、警戒心を持つだろう。


そうやって百合は、嘘を並べて少しずつ……でも確実に玲蘭を縛っていくのだった。

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