もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜


 


「キアラ!」

 宮廷の大ホールで婚約者の姿をみとめるなり、ダミアーノは小走りに近付いた。
 キアラは無感情に軽くカーテシーをする。

「来ていたのか。手紙の返事もずっと来ないから心配したぞ。今日も一緒に入場したかったが……」

「申し訳ありません。体調を崩しておりましたの」

「それなら言ってくれればいいのに。オレも見舞いに――」

「少しだけ疲労がたまっていただけですから。病気でもないのに、ダミアーノ様にご心配をおかけできませんわ」

「そんな、他人行儀な。オレたちは婚約者同士なんだから、遠慮しなくていい」

「……そうですわね。大変失礼いたしました。お心遣いありがとう存じます」

(私のことを嵌めて処刑する予定のくせに)

 ――と、キアラは白けた様子で婚約者を見る。彼は酷く心配しているような顔付きで、愛しくない婚約者を見つめていた。

 彼女は慌てて目をそらす。また過去と同じように、彼を愛してしまうのが恐ろしかった。だから、なるべく婚約者には関わりたくなかったのだ。

「一曲いかがですか、伯爵令嬢?」

 一拍して、ダミアーノはキアラに手を差し出す。彼と一緒にダンスだなんて吐き気がするくらいに嫌だったが、立場上拒否なんてできない。目ざとい貴族たちに見つかって、どんな不名誉な噂を立てられるか分からないからだ。

「……喜んで」

 キアラは婚約者の手を取る。そして作り笑いを浮かべながら、一緒にホールの中央へ向かった。

「病み上がりのようだから今日は軽めのダンスにしよう」

「ありがとうございます」

 互いに愛していない婚約者同士のダンス。貴族社会ではよくある光景だったが、彼らは義務として粛々とステップを踏む。

 キアラも最大限の警戒をしながら、ダミアーノとの一曲を我慢して踊った。

(大丈夫……。私はまだ彼を憎んでいる……)

 ループをするようになってから、キアラは定期的に自分の気持ちを確認している。はじめは毎晩、今では毎時間ごとにだ。

 現時点では、まだ大丈夫だった。
 ダミアーノを愛おしく思う気持ちなんて、少しも持っていない。

(でも、ループを重ねる度に、彼を好きになるタイミングが早くなっている気がするのよね)

 彼に対する愛情が、このまま加速するのが怖いと思った。
 もし次にループしたときに、その時点でダミアーノを愛してしまっていたら……。そんな恐ろしいことは絶対に阻止しなければ。

「キアラ」

 はっと我に返る。いつの間にか一曲が終わっていて、次に踊る人たちと交代する時間になっていた。

「本当に大丈夫か? 顔色が悪い」

「だ……大丈夫ですから」

 キアラは逃げるように婚約者から離れようとする。
 しかし、ダミアーノは彼女の手を強く握って離さなかった。ぐっと彼女の腰を寄せて囁く。

「少し休憩したほうがいい。このままだと心配だ。行こう」

「っ……!」

 ダミアーノは有無を言わさずキアラを連れて行く。令嬢が殿方の力に勝てるはずもなく、彼女はずるずると引きずらるように付いて行った。

 大声を出して抵抗すべきだろうか。
 でも、婚約者同士だし、なにより皇帝陛下主催のパーティーで騒ぎを起こすことなんて許されなかった。

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