完璧主義な貴方の恋のお相手は、世話が焼けるくらいがちょうどいいでしょう?
 それから数日経った午後のことだった。

 来客を告げるベルが鳴る。コールドウェル家においてシェリーの友人であるアラン・ウィンストンとナタリー・パリッシュは無条件で応接間に通してもいいと指示を受けている。

 だが、今回は少し話が違うようだ。アランは緊張した面持ちで小さな花束を握りしめている。白いマーガレットの花だった。

 リチャードがいつも通り応接間に通そうとすると、アランは少し躊躇った。そのうちに、タイミングよくシェリーが現れた。

「アラン……!」

「突然ごめんね、シェリー」

「いいのよ、私の方こそ……」

 ごめんなさい、そう言いかけてシェリーは口を噤んだ。これで謝ったら、ここ数日間アランを避けていたことに気づかれてしまう。

 そう思ったが、謝らずにはいられなかった。返事をする決めていたのに、結局勇気が出ずにずるずると引き延ばしてしまった。そのことも申し訳なくて、シェリーはアランの顔をまっすぐ見ることができなかった。

 空を見上げると、二人の沈んだ表情とはまるで正反対の晴れやかな青空が広がっている。

 暖かい草花の香りを思い切り吸い込んだ。何か話さなくては、とずっと思っているのに言葉が出てこない。

「……シェリー、君にそんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ、困らせてごめん」

 先に沈黙を破ったのはアランの方だった。

(私のほうこそ、貴方にこんな風に謝らせるつもりじゃなかったのに……)

「そんな、私のほうこそ返事を待たせてごめんなさい」

「返事を聞いてもいい?」

 アランの声は優しかった。

「嬉しかったわ。でも……」

「友だちのままがいい、そうだろう?」

 アランはそう言って笑った。

「……ええ、ごめんなさい」

「本当はわかっていたんだ、そう言われるだろうなーって」

 だから大丈夫、と言ってアランはこちらを気遣うように微笑んだ。
 
「……実は、もうすうぐこの町を出るんだ」

「そんな、どうして?」

 シェリーはそれがどう考えても自分のせいに思えてしまって悲痛な声を上げた。アランはそれに気付いたようで、違うよ、と小さく付け加えた。

「祖母のツテがあって、外国を見て回るんだ。前からずっと行きたかったところ」

 子どもの頃から、アランは外の世界が見たいと言っていた。寄宿学校では成績優秀だったととても聞いているし、遅からずとも、いずれ町を出るつもりでいることを知っていた。

(……でも、それがこんなにすぐだなんて)

「これはずっと前から決めていたことなんだ。君に思いを伝えて、あわよくば連れて行きたいと思ってた」

「さみしくなるわ、アラン」

 離れ離れになるのは辛い。でも、一緒に行くことも出来ない。

「僕もだよ、シェリー」

 これは友情の証、そう言ってアランは持っていた小さな花束を差し出した。

「アラン、これからも私たち友だち?」

 泣き出しそうになりながら、シェリーは花束をギュッと握りしめた。

「ああ、もちろん。君は?」

 アランが頼もしく笑った。

 ずっと考えていたはずの言葉は、何一つ伝えられていないと思う。だけど、これだけはきちんと伝えなくてはいけない。

「貴方は友だちよ、一番大切な友だち」

 泣き出すシェリーを、アランはそっと抱き締めた。大切な友だちとして。

「泣かないで、シェリー。またすぐに会えるよ」

「本当ね、きっとすぐよ」

 子どもの頃、泣いているアランをいつも優しく抱き締めてくれたのはシェリーだった。泣きたいときは泣いてもいいんだよと言いながら、全ての悪いことから隠すように包み込んでくれた。

 ーー大人になったら、今度は俺がシェリーを守る番だと思っていた。

「愛してるよ、シェリー。またね、どうか元気で」 

「元気でね、愛してるわ、アラン」

 これが最後ではないーー。

 二人はしばらく抱き合ったまま、春が終わっていくのを静かに感じていた。

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