完璧主義な貴方の恋のお相手は、世話が焼けるくらいがちょうどいいでしょう?
「ひゃっ……」

「……どうしました!?」

 シェリーの小さな悲鳴に、リチャードは慌てたように飛び起きた。

「ごめんなさい、貴方が隣にいたことについ驚いちゃって……」

「ああ……」

 真っ白なカーテンからは柔らかな光が射している。

 いつの間に眠っていたのだろうか。昨夜のリチャードはきっとこのまま眠れぬ夜を過ごすことになると覚悟していたのに。

 シェリーは照れたように顔を隠しながら、いそいそと立ち上がった。今更のような気もするが、これはこれで可愛いらしい。その上、珍しくシャキシャキと歩いて、自ら進んで朝の支度をしているではないか。

 リチャードといえば、いまだにベッドから起き上がれずにいた。

「リチャードって、いつも私にガミガミ言うくせに意外と朝が弱いのね」

「ガミガミ……」

 その言い方にふっと笑うと、まだ少し髪の乱れたシェリーが戻ってきた。ふんわりと、彼女の香りと自分と同じ安い石鹸の香りがした。

「……おはよう」

 ただ、それだけを言いに来たらしい。おはよう、と返すと満足そうに笑った。

 それがあまりにも、"幸せ"だった。

「本当は貴方より後に眠るつもりだったのよ、寝顔を見られるチャンスだったのに……」

 と、今度はぶつぶつ文句を言っている。布団に入って五分も持たずに眠っていたくせに。


 リチャードが身支度を完璧に整え終わる頃、シェリーはいまだに寝癖と格闘していた。

「貸してください」

 リチャードが櫛を使って丁寧に梳かすと、不思議とシェリーの髪は素直になった。

「ありがとう、どうしてリチャードがやるとこんなに上手くいくのかしらね」

「……私はプロですからね」

 お嬢様に関して、とリチャードは心の中で付け加えた。

 部屋を簡単に整え終えると、シェリーは満足気に呟いた。

「忘れ物はないわね」

「……待って下さい」


 この部屋を出る前に、これだけは伝えなくては。

「どうしたの?」

 まだ少し眠たそうな目をしながら、彼女がふわっと笑った。

「シェリー・コールドウェル、私と結婚してくれませんか。貴方を一生幸せにします」

 リチャードはその場に恭しく膝をつくと、彼女の左手にそっとキスをした。指輪はまだ用意していなかった。

 だが、今朝のあの瞬間、彼女が"おはよう"と笑ってくれた時に決めていた。

 ーーこの幸せが、永遠に続いてほしい。 
 
「ええ、喜んで。貴方のことは、私が一生幸せにするわ」

 頼もしい台詞と共に、しゃがんだままのリチャードの額にキスをした。

 
 屋敷に戻る馬車の中、リチャードはまた頭を悩ませていた。

「問題はマックス様にどう切り出すか、だ……」

「あら、意外とすんなり行くわよ。だって、最初に言ってたでしょう? いざとなったら貰ってくれ、って」

まったく簡単に言ってくれるよ、と呆れつつも、実の娘がそういうなら大丈夫だろうか、という気持ちにもなってくる。

「緊張する私を気遣ってくれたのでしょう。まさか本気で言っていた訳じゃない」

「そうかしら、お父様は本気だったと思うけど。……貴方は迷惑がっていると思っていたけどね」

「迷惑……? 私が?」

 ガタン、と大きく馬車が揺れた。二人の距離が自然と近付く。

「ええ、絶対に私のことなんて貰わないという気概が伝わってきたわ」

「マックス様の期待に応えようと必死だったんです。それにあの頃の貴方は……生意気だった」

 口を開けば反抗ばかり、目を離すと何をするかわからなくて、すぐにへこむ。だけど、立ち直りも早くて……それが余計に心配になる。

 笑ってくれるのが嬉しくて、彼女の周りがいつまでも穏やかであるようにと願ってしまう。


「貴方は本当に……世話の焼ける方です」

「貴方だって……」

 シェリーが悪戯っぽく笑った。

「ピリピリイライラ……高慢ちき男? でしたね」

 最初に聞いた時は新しい呪文かと思った。

 思い出しながら、ふっと笑う。すると、突然リチャードの頬をシェリーが優しく包んだ。

「そんな貴方も愛してるわ」

 唇に触れる確かな体温。先に唇を奪ったのはシェリーの方だった。

「お嬢様……!」

 リチャードの顔がみるみる赤く染まっていく。どうやら彼は不意打ちに弱いらしい。

「貴方がずーっと私の"愛情表現"を無視するからよ」
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