龍神様のお菓子

突然ですが…

「本日を持ってこちらのバイトを辞めさせていただきたいと思います」

「「え…?」」

 翌日、夢香は制服に着替えるなりはっきりとした口調で一茶と桜にバイトを辞める旨を伝えた。

「え、ちょっと待って待って、まだ勤務二日目だよね?なんかあったの?」

一茶は手元に持っていた和菓子の在庫を落としそうになる。

「やっぱ、龍青じゃない?私、今から締めてくるわ」

 桜は何を思ったのか、右手に小さなカッティングナイフを持つと出張で不在中の店主の元へと向かおうとする。

「いえ、原因は龍青さんではありません。ただ何というか…、やっぱり私には向いてないかなと」

「いや、だから何がだい?昨日の失敗なら別に気にしなくていいんだよ?龍青はああ言ってるけど、あいつはイキリ倒してるだけだから、昔からあんな感じだから」

一茶は桜の首根っこを掴みながら必死に説得をする。

「自分勝手で大変恐縮なのですが、ちょっとお店のノリについていけなくて…。私あんまり賑やかな場所得意ではなくて、その、なんて言うか、やっぱりもう少し自分の雰囲気にあった場所で働こうかなって」

 一茶と桜はその言葉を聞くと、あれ?それって自分達の責任じゃね?と二人して顔を見合わせる。

「あぁ…、もしかして昨日の茶番のことを言ってるかい?」

一茶は申し訳なさそうに尋ねる。

「あれは、なんだその…、昔からの知り合い故のノリというか…、本来はもっと普通というか…」

桜がボソボソと呟くと、夢香はキョトンと首を傾げる。

「皆さん、昔からのお知り合いなんですか?」

夢香の質問に二人は

「うん!高校生からの腐れ縁!」
「ええ!中学からの腐れ縁!」

と見事にちぐはぐな返答を返す。

「えっと…、一茶さんは高校で、桜さんは中学で龍青さんとお知り合いになったってことでしょうか?」

一応自分の解釈を混ぜながら二人の顔を交互に見つめると、

「あ、あはは…、そうなんだよ、私たち複雑な関係でね」

と一茶が答えた。

「そうだったんですね…、通りでお話についていけないと思いました」

夢香の言葉に二人は再び顔を見合わせる。

「確かに、松木さんからしたら身内ネタっぽくていい感じはしないよね…、気を遣えなくてすまない」

「ごめんね、松木さん。私も気をつけるべきだった」

 一茶と桜はどこか諦めた様に謝罪をすると、「龍青には僕らから伝えておくから」といって微笑んだ。

松木夢香、人生初のアルバイトは僅か二日という短期間で幕を下ろした。
< 10 / 25 >

この作品をシェア

pagetop