龍神様のお菓子

千年振りの再会

 「あれ、今日も雨…」

 松木夢香《まつきゆめか》は家の扉を閉めて呟いた。地方の高校から都心の大学へと進学した夢香は、新生活早々降り続ける雨に気分が滅入っていた。
 ようやく念願叶って憧れの都心に引っ越したはいいものの、これではいつまで経っても、お洒落もできない。今日もアルバイトの面接だというのに、これでは気分も上がらないなと玄関先に引っ掛けておいた雨傘をとる。
 これから、向かうバイト先は老舗の和菓子屋である。以前祖母が東京土産で買ってきてくれた事がきっかけで、いつかはここでアルバイトをしたいと願っていた場所である。
 一般的な和菓子はもちろん、ここで作られる抹茶や和栗のスイーツ、安納芋を使用したお洒落なケーキなどが今SNSで大好評なのだ。
 そして、何よりもここの制服が和服テイストで飛び切り可愛い。もちろん、志望理由としては言わないが、そういった事が理由で意外と倍率が高のは有名な話である。
 電車に揺られる事数分、ようやく、目的地の駅へと辿り着いた夢香は背筋を伸ばすと店舗がある南口改札をでた。途中、入り組んだ道で迷いそうになったが店の看板が目に入りホッと胸を撫で下ろす。
 一つ深呼吸をして心の中で「よし!」と意気込むと、突然背後に気配を感じた。振り向くと、そこには夢香と同年齢くらいの男が二人困った様な表情で立っている。

 「あ、すみません。実は道をお伺いしたくて…」

 男の一人が言った。

 「え、道ですか…?」

 突然のことに夢香も慌てて答える。

 「僕達カラオケに行きたいんですけど、どこら辺にあるか知ってますか?」

 「え、カラオケですか…、ちょっと待ってくださいね、今調べますから…」

 素直にわからないとは言えなかった。それに、地元ではおばあちゃんに道を聞かれた事は幾度となくある。その時夢香は決まって丁寧に地図アプリを開いて道案内をしていた。

 「えーっと…、あ!ここにありました!ここを真っ直ぐいってすぐ左手にあるみたいです!」

 夢香は丁寧に地図アプリを見せながら説明する。しかし、男達はアプリを見ることもなく、にやにやと笑っている。

 「あー、俺たちすげぇ方向音痴なんで、良かったら案内してもらえたりしませんか?」

 一人の男がそういうと、もう一人の男が夢香の肩に手を掛けた。

 「え、今からですか?えっと、ごめんなさい。私これからバイトの面接で…」

 突然の行動に夢香はパニックになる。そしてここが危険な東京である事を今更ながら思い出す。

 「そんなのいーじゃん、バイトなら俺らが色々紹介してあげるからさー、カラオケでもいこーよ」

 これが噂のナンパテクニックか!と内心関心しながらも人生初ナンパに夢香はあたふたと言い訳を考える。

 「いや、困ります。私、ちょっと…えっと…」

 これほどまでに自分の語彙力が無かったことに夢香は絶望する。こんな事ならちゃんと本を読んでおけば良かったと田舎にいる父と母の顔を思い出す。

 「ねぇーいいじゃん!さっさっといこーぜ?」

 万事休す。このままでは本当に見知らぬ男二人とカラオケコースになってしまう。

 「いや、だから、その…」

 いよいよ、どうしていいのかわからず泣きそうになっているその時だったーー。


 「おい」


 よく通る声が三人の後方から聞こえた。

 「あ?今俺たちお取り込みちゅゔゔ!?ーーー」

 突然、夢香の隣に居た男が物凄い勢いで前方の道路へと吹き飛ばされた。一瞬、何が起こったのか分からなかった夢香は驚いて後ろを振り向く。


 そこには、眉目秀麗な長身の男が立っていた。


 「あのさぁ、邪魔なんだけど」


 男はそう言うと、右手をヒョイと翳す。すると、今度は夢香の隣に立っていた男が風に吹き上げられるように、道路脇へと飛んでいった。
 あまりに、現実味のない状況に夢香はその場に立ち尽くす。何とか理解しようとするが、脳の処理が追いつかない。

 「ったく、だりぃな…」

 眼前の男はそう言って一つ欠伸をすると、夢香の方へと近づいてきた。
 身長は190センチを超えている様に見える。遠目には分からなかったが、髪は限りなく白に近い銀色。肌の色も恐ろしく白く、まるで漫画の世界から出てきたキャラクターのような風貌だ。口元には黒いマスクをしていて、いまいち表情が読み取れない。

 そして、

 「待ってたよ、夢」

 男は夢香の身体を抱きしめると、そう呟いた。
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