龍神様のお菓子

神 龍青

「あの…」

「ん?何?」

「いや、その…」

 突然見知らぬイケメンに抱きしめられた夢香はどうしていいのからわからずその場に硬直する。

「あぁ、礼なら要らねぇよ?」

「いや、そうではなくて…」

夢香の気も知らぬまま男は嬉しそうに答える。

「いや、ですから離してもらっていいですか?」

 夢香の言葉に男は「あぁ、そっち」と残念そうに夢香から体を離した。

『いや、そっちってどっちだよ』と内心突っ込みながら、跳ね上がった心音を何とか整える。

「で、お前も行くんだろ?」

「え、行くって…」

またもや変なことを言う男に夢香は小首を傾げる。

「何とボケてんだよ、店だよ、店」

 男はそういうと、夢香が向かう予定の和菓子屋【椿庵《つばきあん》】の洒落た看板を指差した。

「え、どうしてわかったんですか?」

 「エスパーですか?」と突っ込もうと思ったが流石に初対面ではキツいと思い直し、素直に「そうです」と返した。

 無事【椿庵】にたどり着いた夢香は店内に入るなり、ホッと胸を撫で下ろす。柔らかいお茶の香りと、お洒落な和風のBGMが流れる店内は先程起きた出来事を一瞬で忘れることが出来るくらい素敵な空間だった。どこか懐かしいような風景に夢香はぼんやりとその場に立ち尽くす。
 男は「ちょっと待ってろ」とだけ伝えると店の奥へと姿を消した。
 頭の上に疑問符を浮かべていると「いらっしゃいませ、どうぞこちらへお掛けください」とこれまた上品な雰囲気の店員さんに席へと案内される。

 数分後、和服の作務衣の様な装いで先程の男が現れた。

「貴方…、さっきの?」

「あぁ、そうか…。自己紹介まだだったな、」

 男は開きかけた黒いファイルを閉じると、その綺麗な手を夢香に向かって差し出した。

「神 龍青《かみ りゅうせい》、宜しく」

「私は…」

「夢」

名乗る前に名前を呼ばれる。

「え…?あ、はい。夢香です。松木夢香といいます」

何故か「夢」と呼ばれたことに夢香は不愉快な気分にはならなかった。

「今は松木…、さんね」

「今は?」

一体どう言う意味だろうーー?

「あの、神さん。私ここに面接に来たんですけど」

夢香は不安になって尋ねる。

「だから、面接すんだろ」

「え?」

いまいち話が見えていない様子の夢香に、龍青はわざとらしく「はぁー」とため息を吐いた。

「お前って、昔から鈍いのな。俺がこれから面接すんの」

龍青の言葉に夢香は目を丸くする。

「え、龍青さんここの社員さんなんですか?」

「俺はこの店の店長兼職人だ。まぁ本業は違うけどな」

 意味のわからないことを話す龍青に夢香は「はあ、そうだったんですか…」と気の抜けた返答をする。まさか、こんなイケメンな店長が居るとは思わなかった。あんな綺麗な手で餡子やら団子やらを練っているのだろうか?
 呆気に取られている夢香に龍青は面白そうに口元を抑える。先ほどとは違ってマスクをしていない龍青の顔はそれはもう神々しいくらいイケメンである。

「まぁ、いいや。で、いつから働ける?」

「え?私まだ何も聞かれてませんけど?」

「聞かれてぇの?」

「え、だって面接ですし…」

 少し戸惑った様子の夢香に龍青は再び溜息を吐くと「じゃあ、スリーサイズは?」と尋ねた。

「え、スリーサイズですか?えっと、上から…、って何聴いてるんですか?!セクハラで訴えますよ?」

 呑気に答えようとしてしまったことに顔を真っ赤にする夢香に龍青はケタケタと笑転げる。
 こんな人が本当に店長なんだろうか?

「冗談だって、お前って本当に頭の回転悪すぎ」

「あの、お前って言うのやめてもらえますか?さっきから失礼ですよ?」

 流石に悪ふざけが過ぎると感じた夢香は不愉快そうに眉間に皺を寄せる。いくらイケメンだからって許される事ではない。

「へぇ、じゃあ何?松木さんって呼んだ方がいいわけ?」

「普通、そうでしょう…」

「なんか、しっくりこねぇんだよなー」

 龍青は椅子にそっくり返りながら、文句を垂れる。一体誰がこの男を店長にしたのか尋ねたい。

「ま、いいや。一先ずお前は採用。はい、これ制服な。明日からちゃんと来いよ」

「え、明日は無理です。大学のオリエンテーションがあるので…」

 明日は大学の入学オリエンテーションで丸一日潰れてしまうことを龍青に伝えると。「じゃ、いつでもいいや」と適当な返事が帰ってきた。

「いつでも、いいって…」

「じゃ、面接終わり。俺これから用があるから。またな」

龍青はそう言うと、嵐の如くバックヤードへと姿を消した。

本当にあの人は店長なんだろうか…?

ポツンと一人残された夢香は一抹の不安を抱え帰宅するのであった。

それにしても、変な人ー。
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