放課後怪談クラブ

【CASE2 表彰式は危険がいっぱい!】

「え? ヨーコ何描いてるの?」

 部室に入ると、ヨーコは机中に絵の具を散らかして画用紙に向き合っていた。

「あー、これな。美術の課題」

 ミノルはけだるそうに、ヨーコの後頭部をつつく。
 でも、ヨーコは何も反応しない。いつもなら「やめて」くらい言うのに。

「めずらしーよな! ヨーコがこんなに集中してるってさ!」

「言えてるな。いっつもぼーっとしてるからなアキラよりも幽霊に近い」

「俺より幽霊って! なんだよそれー!」

 いやいや、ひどい言われようだな。
 でも、ヨーコは本当に集中して絵を描いている。
 描いてるんだけど……。

「これ……なんの絵?」

「知らん」

 ミノルは即答する。
 私が指さしたヨーコの絵は、なんか見たこともない配色で見たこともない何かが描いてある。画用紙中になんかすごい色がちりばめられている。

「でもさー、課題ならなんか指定されてんじゃないか?」

 アキラが聞くと、ミノルは「あー、そうそう」と手をたたく。

「テーマは夢。だったか。そんで自由に描けってさ」

「夢……?」

 ミノルの言葉を聞いて、私はもう一度ヨーコの後頭部からはみ出した絵の一部を見る。
 ……夢?

「へー! じゃーさ! ミノルも描いたんだろ?」

「あん? まーな」

 見るか? とミノルはニヤリと笑う。
 いやいや、そんな不敵に笑われても。
 ただ描いた絵を出すだけじゃん。どんだけ大作描いたのよ。
 とは思いつつも、少し気になるのでだまってアキラのとなりに座る。

「じゃーん! どーだこれ!」

 ミノルが広げた画用紙に私とアキラはあっけにとられた。

「いや、じゃーんって。これただ真っ黒にぬりつぶしただけじゃない……」

 そう。それはホントに黒い絵の具で画用紙をぬりつぶしただけの物だった。
 何度も言うけど本当に……以下略。

「いやー、ミノルこれは再提出コースじゃん? どこが夢なんだよ?」

 アキラもさすがに腕を組みながら首をかしげた。
 いや、誰だってこんなの見せられちゃこういう反応になる。
 でも、ミノルは自信満々にチッチッチと指を振った。

「わかってないなー芸術を。これだから幽霊と人間は!」

「吸血鬼が芸術に長けてるなんて聞いたことないわよ……?」

「まぁ、そうだろうな! 俺様、ミノル様がすごすぎるだけだ!」

「いや、でもさー。やっぱりこれのすごさわかんねーよ。マジで」

「ったく。まだわかんねーのか? いいか? テーマは夢だ!」

 豪語するミノルに私とアキラはうなずく。

「そしてこれは夜!」

 ミノルは画用紙を指さした。

「星も月もない夜は吸血鬼にとって最高の夜なんだ! 満月の夜なんてもう流行らないぜ! 今の流行りは真っ暗な夜なんだよ!」

 なるほど。つまり、それは星も月も見えない曇りの夜だということね。

「じゃあミノルの夢はそんな夜なの?」

 私の質問にミノルは「とーぜん!」と胸を張る。

「ずーっとそんな夜が続けばいいと思ってるさ!」

 いや、あんたこんな真昼間から普通に学校来ちゃってんだけど。説得力ないわー。

「そしてそして、夜と言えば!」

「え? まだあんの?」

 アキラは目を見開く。きっと私も同じような顔をしていただろう。

「当たり前だ! いいか? お前ら夜はどーやって過ごす?」

 指が私に向けられる。

「えーっと、寝て過ごす?」

「そのとーり! じゃあ寝てる時に見るものと言えば?」

 今度はその指がアキラの方へと向く。
 アキラはとたんにパッと笑って手をたたいた。

「夢を見る! ……なるほど! 二つの夢をかけたのか!」

「そのとーり! いやぁ芸術性が高すぎて君たちにはまだ早かったかな!」

 ガハハハと笑うミノルにアキラも「すげーすげー!」と拍手を送る。
 ……なんだこれ。
 と、私たちがくだらないやりとりに時間を割いてる中でもヨーコは一心不乱に絵を描いていた。
 たしかに、初めて見たかも。こんなヨーコ。
 いっつもフワフワしてて、無関心なのに。
 なんか、今のヨーコは一生懸命って言葉が似合ってる。
 描いてる絵はミノルのやつ以上に理解不能だけど。

「まぁ、でも。頑張れヨーコ」

 なんとなくつぶやいた言葉にヨーコは顔を上げるでもなく、小さくうなずいた。
 その小さく動いた後頭部を見て、私はクスッと笑う。
 ちょっとだけ完成が楽しみになった。




 ――――……。




「――――――――って、ええ!? ヨーコの絵が最優秀賞!?」

 それはもう私もすっかり絵の事なんか忘れていた時の事だった。
 気づけば絵は完成していて、先生が絶賛。そしてコンクールに提出。
 そして、まさかの全国一位。

「ウソでしょ? って言うか私、完成した絵まだ見てないんだけど!」

 ヨーコの肩を揺らすが、彼女は首をかしげるだけ。

「そーなんだよ。俺も今朝、ホームルームで知ったんだ。何で言わねーかなコイツ」

「でもすごいじゃん! ヨーコ! 3年生もおさえて一位だぞ! 絵の才能あるんだよ!」

 アキラが言うと、ヨーコは無表情でうなずいた。
 いや、でも確かにあのヨーコがあれだけ情熱を注いで描き上げた絵だ。
 どんな大作が生まれてもおかしくないのかもしれない。
 ……ん? 大作?

「そーいえばミノルの絵はどーだったの?」

 私がふり向くと、ミノルはわざとらしく口笛を吹いて顔をそらした。

「……怒られて再提出」

 ヨーコがポツリとつぶやく。どことなくバカにしたような言い草に聞こえたのは気のせいだろうか?

「ミノル……っぷ!」

 笑っちゃいけないと思いつつも、私はふきだしてしまう。
 あんなに芸術、芸術言ってたくせに再提出って!
 もーやだ! おもしろすぎる!

「おいおいレミー! 笑うなって」

「ってお前が一番笑ってんじゃねーか!」

 ミノルが顔をまっ赤にしてどなる。それをキッカケに私も声を出して笑った。

「くそー! 人間には芸術がわからないんだ!」

 フン! と腕を組んでそっぽを向くが、あいにくとゾンビのヨーコが全国一位をとっている。ということはどっちに芸術性が無いかは明白だ。

「まぁまぁ、今度はふつうに描きなよ」

「うっせレミ!」

 なぐさめたのに。もう。って笑いながら言ってるからか。
 ごめんごめん。でも、ダメだ。おっかしい!


 さて、そんな楽しい時間もすぎると、しっかり冷静になるのが私たち。
 ここでとんでもない問題に気づくのです。

「え? 表彰式?」

 ビックリするアキラにヨーコはコクコクとうなずく。

「しかも市民会館で?」

 私も同じく聞き返すと、ヨーコはコクコクとうなずいた。


「「それって……」」


 私とアキラの声が重なると、ミノルがフンと鼻を鳴らす。

「ぜってー、まずいことになるな」

 ……ですよねー。

 しかし、だからと言って放っておくわけにもいかない。

「ヨーコは表彰式出たいの? ……え? 出たいの!?」

 私の問いにコクリとうなずいたヨーコにビックリしてしまう。
 まさか、ヨーコから「〇〇したい」って意見が出るとは……。
 「○○したくない」ならいつもの事なんだけど……。
 でも、本人がそう言うなら仕方がない。
 だって、あんなに一生懸命描いてたんだもん。その気持ちに応えてあげたい。

「よし! じゃあ特訓よ!」

 私は拳をにぎる。なんか、急にやる気出てきた。

「はー? なんのだよ?」

「表彰式の! ミノルも手伝うんだからね!」

「えー? なんでだよ?」

 似たような言葉を口にするな。まったく、こういう時は協力的じゃないよねミノルは。ふだんヨーコをからかってるんだから、こういう所で返しなさいよ!
 とは言わない。

「や・る・わ・よ・ね?」

「……は、はい」

 これで、じゅうぶん。思いっきり笑顔で言ってやれば伝わるもんだ。

「んじゃー、俺も手伝うよ! ヨーコの晴れ舞台だ! 成功させよーぜ!」

 アキラが立ち上がって、「おー!」と2人で拳を上げた。
 いやいや、ヨーコも挙げなさいよ。と、私は彼女の手を取って、拳を握らせ、上に挙げる。そのまま、ミノルの手もとって上に引っ張って気を取り直して、


「「「「おー!」」」」


 さて、表彰式は5日後の日曜日だ。
 それまでにヨーコの所作を完璧にしておく必要がある。
 なんたって、会場までは行けても流石に舞台にはついていけないので、そこはもうヨーコ次第なのである。

「いい? まずは一番最初に名前を呼ばれるだろうから、ヨーコの名前を呼ばれたらちゃんと大きな声で返事をするのよ?」

 いや、コクコクとうなずくんじゃなくて返事ね。わかってる?
 まぁ、いい。こういうのはとにもかくにも繰り返し練習だ。

「オッケー。じゃあ一回やってみましょう」

 パン、と手をたたいて合図する。
 部室のテーブルを片して、私たちは即席の表彰式を作っていた。
 司会にミノル。賞状を渡す市長役をアキラがやる。
 私は所作の指導。これでも書道コンクールで表彰された事だってあるんだから。もうやめちゃったけど。
 ってなわけで放課後練習1日目。

「えー。最優秀賞、ヨミカワヨーコくん」

「……」

 コクコクとうなずき、立ち上がる。いや、だからちがうって!

「ヨーコ! 返事返事!」

 小さく叫ぶとヨーコはこちらを見てうなずく。

「……は~い」

 ち、力がなさすぎる。やる気を感じられないし、そもそも全然嬉しそうじゃない。ほんとに絵を描いたのあなたですか? と言われてしまいそうなくらい気持ちがない返事だ。
 まぁいい。次は歩きだ。

「そのまま市長の前まで行って!」

 私の指示にしたがい、ヨーコはユラリユラリと進んでいく。
 おのれはゾンビか。
 いや、ゾンビなんだけどさ! なんか、いつもよりゾンビによせた歩き方になってない?

「ヨーコ! もっといつも通りに! いつも通りに歩いて!」

 急かすように手であおる。ヨーコはチラリとこちらを見てうなずく。
 が、歩き方は変わらないまま市長の前に着いた。

「えー、最優秀賞。ヨミカワヨーコどの!」

 白紙の画用紙を手にアキラがあらかじめ決めていたセリフを読み上げる。
 ここは大丈夫。ただ立っていればいい。

「ヨーコ! ユラユラゆれない!」

 なのに、ヨーコはそれすら出来ない。
 ……おかしい。
 なんでこう落ち着きがないのだろう? いつもはもうちょっと出来るのに。

「ここに表彰する!」

 アキラがセリフを終えて、賞状を差し出す。
 そうそう。一歩前に出て左手、右手で受け取ったら、一歩下がって、賞状を軽く曲げて片手で持って、振り返って。
 ……振り返って?

「いやヨーコ! 市長にお尻向けちゃってる!」

 あんたどこに向かってお辞儀してんのよ! いや、そっちにお辞儀も大事だけど先に賞状渡してくれた人に一礼してから去るんでしょ!

「……ありがとうございました」

 いや、1テンポ遅い!

 スタスタ歩きながら言う言葉じゃないから! 捨て台詞みたいになってるから!
 って言うか、やっぱ普通に歩けるじゃん! それどころか早く歩いてんじゃん!

「よし! とりあえず、ここまでがひとつの流れだな!」

 ヨーコがふたたび席に着いたところでアキラがうなずく。
 ……うん。とりあえずここまでね。
 完成まで、が遠いなぁ……。



 そうして進歩があるのかないのかわからないまま2日目、3日目を終えた4日目。
 そう、本番前日の放課後。

「いいよ! そうそう! そのまま着席! ……出来るじゃんヨーコ! すごいよ!」

 まさかのここへ来て、ヨーコの才能が爆発。
 っていうか今まで何だったのってくらいに突然、完璧に仕上がっていた。

「昨日まであんまりうまくいってなかったのに!」

 私がヨーコに抱きつきながら「どーして?」とたずねるも、ヨーコは表情も変えずうなずくだけ。
 うん。こういうところは相変わらずなのね。

「オッケーなんじゃね? これ、いけんだろ!」

 アキラが笑うと、めずらしくミノルまで微笑みを浮かべる。

「まぁな。俺らが特訓してやった甲斐があったな」

 いや、あんた最初はめちゃくちゃやる気なかったじゃん。
 でも本当にすごい! これで明日も完璧だ。

「すごいよヨーコ!」

 私は嬉しくて、思いっきりヨーコを抱きしめる。
 って、あれ? なんかちょっとだけ抱きしめ返してくれた?
 いや、まさかね。
 ヨーコがそんな反応するはずがない。
 でも、最近のヨーコは変なんだよね。
 集中して絵を描いてたり、いつも出来ることが出来なかったり。
 と思えばいきなり出来たり。
 なんか、私の知ってるフワフワゾンビのヨーコじゃないみたい。
 うまく言えないけど、どちらかと言うと人間に近い? のかな。

「ま、いっか! ヨーコはヨーコだもんね!」

 肩をつかんで体を離すと、小首をかしげるヨーコと目が合う。
 うん。いつもの無表情! でも、それでいい!

 さて、明日は本番。
 と言っても私じゃなくてヨーコの表彰式だけど。
 それでも落ち着かないのはなんでだろう?
 自分の事以外で、こんな緊張したのって初めてじゃないか?


 ――――……。

 
 
 その日の夕方、ぼーっと夕食を食べているとお父さんが声をかけてくる。

「ん?なんだレミ。食欲ないのか?」

「へ? あー、ううん! 考え事してただけ!」

 お父さんの声にハッと顔を上げて、唐揚げを頬張る。私の大好物。

「明日はどこか行くの?」

 お母さんも唐揚げを大皿から取る。私ももうひとつ取る。

「うん。友達の絵が表彰されるから、市民会館に行ってくる」

「おー。そう言えばコンクールの最優秀って神山中の子だったな」

 お父さんも唐揚げをとって、3人同時に頬張った。
 しばし、無言の食卓。
 家の夕食は毎回こんな感じだ。
 話すタイミングも食べるタイミングも同じだから、なんか時々無言の時間が流れる。
 でも、そんな無言の空気も全然気にならない。
 そういや部室もそんな感じだな。
 それぞれが好き勝手に過ごす時間がたまにあって、でもそれがイヤじゃない。
 むしろ私としては歓迎したいくらいだ。鬼門探しより全然良い。

「あー、なんて言ったかな? ヨミなんとかさん」

「ヨミカワヨーコ」

「そう! ヨミカワヨーコさん。写真見たけど、えらく整った顔立ちしてるよなあ。ハーフとかなのかなあ?」

 お父さんは市役所に勤めてる。しかも担当部署が教育系だから、こういった情報はやはり知っているらしい。

「へぇ。そんなにかわいいの? ヨーコちゃんって。レミ知り合い?」

「いや、知り合いだから表彰式に行くんだけど……」

「あ、そっか!」

 いけない! と照れ笑いするお母さん。ちゃんと話を聞いてくれお母さん。

「いやー、実際に見るの楽しみだなぁ。あの子は将来女優さんにでもなるんじゃないか?」

「え? お父さんも行くの?」

「当たり前だろ? 色々と手伝いにな。式典は表彰式だけじゃないからな」

 ……そんな。
 となると、絶対アキラたちと居る時に会いたくない。
 お父さんも社交的だから、変に仲良くなってもらっても困る!
 このまま家にまで遊びに来たら大変だ。

「……明日は私を見つけても無視してよね」

「なんでだよ。自慢の娘ですって紹介させろよ」

「ぜっったいヤダ!」

 ハッキリと口にして唐揚げを頬張る。唐揚げ美味しい。
 でも、明日はマズい事になりそうだ。こういう悪い予感はいっつも当たる。


 ――――……。



「よー! さすが五分前集合カンペキだな!」

 集合場所の駅前広場で待っていると、アキラが手を振ってやって来る。後ろでミノルがあくびをしながらダルそうに歩いていた。
 軽く手を振り返すと、なんか違和感。

「……あ! 私服になってる!」

「へへーん! ミノルの術で大変身ってやつ?」

 嬉しそうにポーズを取るアキラ。
 そして、その後ろで何気なくモデルみたいにポーズを取るミノルを私は見逃さない。

「なんか新鮮だね。私服姿を見るとますます人間みたい」

「いや、レミこそ。私服かわいいじゃん!」

 は!? 何言ってんのいきなり!

「は!? 何言ってんのいきなり!」

 あ、また心の声がそのまま出ちゃった。

「いや、思った事そのまま言っただけなんだけど。可愛いよな? ミノル」

 アキラは後ろに振り返る。ミノルも私を見て軽くうなずいた。

「俺ほどじゃないけどな。いいんじゃねーの?」

 え? なにこれ? なんで私服になっただけでこんなに恥ずかしいの私。

「いや、ホント。イイ感じだよ! レミも人間みてーだぞ!」

「いや、私は人間じゃい!」

 秒速でツッコむ。よし、いつもの私だ。
 まったく。そういうのでいいのよ。変に予想外の事を言わないで欲しい。

「もう! 行くわよ!」

 フンと私は市民会館に向かって歩きはじめる。
 後ろから「おい! 歩くの早いって!」と声がするけど無視。
 きっと私の顔はまだ真っ赤だろうから、ぜったい見せたくない!
 と、市民会館まで歩いたのは良いものの、駅から徒歩5分のそこで私は見たくないものを見てしまった。

「おー! 来た来た! レミー!」

 市民会館入り口で受付をしているのは、なんと、お父さんだった!
 後ろを振り返るとアキラもミノルも首をかしげて「誰?」なんて言ってる。
 ……ダッシュ!

「ちょっとお父さん! 無視してって言ったでしょ!」

 目の前まで行って、お父さんに小さく怒鳴る。

「いやー、さっきお母さんからレミが向かったって連絡来たからさ。ちょうどだったな!」

 話を聞いてお父さん! そんな話はどうでもいいの! あと声大きい!

「なんだー? レミの父さん?」

 ほらー! アキラたちにも聞こえちゃったじゃん!

「なんだなんだ? 君たちはレミの友達?」

「はい! 俺はレミと同じクラスのアキラです!」

「俺はレミの先輩のミノルです」

 元気よく手を挙げるアキラに、ちゃんと気をつけするミノル。
 そして、腰に手を当てるお父さん。

「私がレミのお父さんです! はっはっは! よろしくな!」

 お父さんは笑いながら、2人と握手をした。

「って事は君たちもヨーコちゃんと友達なのかい?」

「そーです! ミノルは同じクラスです!」

「おぉ、そーか! っていうかミノル君もイケメンだなー!」

「いや、それほどでも」

 いやいやミノル、顔にやけてる! 嬉しいの顔に出ちゃってるから!

「さっきヨーコちゃんに会ったけど、写真より美人さんだなぁ! しかも無口でミステリアス! きっと学校でも大人気だろう?」

 無口でミステリアスな美人……? まぁ、そういう見方もあるのか。
 確かに学校でもモテてるけど、近寄りがたいオーラがあるからなぁ。

「そーでもないですよお父さん。レミの方がモテますよ!」

 はうっ!? アアア、アキラ! いきなり何言ってんの?

「ちょっとアキラ! お父さんに変なウソつかないでよ!」

「いや? ウソじゃねーぞ? クラスの男子みんなお前のことカワイイって言ってるぜ?」

「あー、俺のクラスにもそんなん居たかも。後輩で一番好みだって言ってたな」

 いやいやいや! 待って待って! もう頭が追いつかないんだけど!

「そうかぁ。レミも人気なのかぁ……お父さんちょっと心配だなぁ」

 よし! とお父さんはアキラとミノルの肩をつかむ。

「変な男が近づかないように君たちにレミをまかせよう!」

 お父さんまで変な事言い出したー!

「はい! まかせてください!」

 ってアキラものっかるなー!

「まぁ、仲間だしな」

 ミノルは仲間を引っぱりすぎ!

「よーし! それならお父さん安心だ! ほら! もうすぐ表彰式が始まるぞ! 席が埋まる前に急げ急げ」

 お父さんは笑いながらパンパンと手をたたく。アキラとミノルは「はい!」とうなずいて、なぜか私の手を片方ずつ引きながら会場へと向かった。
 え? なんで私いきなり2人と手をつないでんの?



 ――――ひとまず会場の中心くらいの席に3人並んで座ったけど、私は心臓のバクバクが止まらない。
 なんで、いきなりあんな話になったのだろう?
 私がモテる? いやいや、まさか。
 モテるのはもっと明るくて、可愛くて、そう由美子みたいな人だ。
 ヨーコほどとびぬけた美人じゃなくても、由美子は誰がどう見ても美人だし、人気がある。活発でリーダーシップがあって、それにそれに……。

「おい、レミ。何ぶつぶつ言ってんだ? もう始まるぞ?」

「え? あ、ヨーコだ」

 アキラの声に顔を上げると、まさにヨーコが舞台に上がっていくところだった。
 うす暗い客席、ステージだけが煌々と明るくて、そこには5脚のパイプ椅子が並んでる。
 そこの一番奥に座ったのは最優秀賞受賞者であるヨーコ。
 なんか、後ろの人を率いて歩くヨーコの姿は新鮮だ。

「……ん? なんか緊張してる?」

 ふと、私は口にする。

「ヨーコが? まっさかぁ!」

「ありえねーな。あのヨーコが緊張なんて」

 けど、2人は完全否定。いや、まぁ普通に考えればそうなんだろうけど。
 でも私にはあの無表情の奥に何かを感じるのだ。
 今ままでは機嫌が悪い時しかわからなかったけど、機嫌が悪い時があるって事はきっと良い時もあるはずで。って事は気持ちもあるはずで。
 最近、特に絵を描いてからはそれがどんどん前に出てきている気がする。

「最優秀賞。ヨミカワヨーコさん」

「……は、い」

 名前を呼ばれたヨーコはちょっとだけ言葉につっかえちゃったけど、ちゃんとこっちにも聞こえる声で返事をした。
 すごい。今までで一番の声だよヨーコ!
 やっぱり、今までと違う!
 あの日、表彰式に出たいって意思表示してからきっと彼女は変わってきてる!

「いいぞ。そのままゆっくり歩け」

 ミノルがジッと彼女の動きを見守る。彼のこんな姿も初めてだ。

「オッケー! ここまでは完璧だ」

 小さく叫んでアキラは拳をにぎった。
 私たちはもう祈るようにヨーコの姿を見守っていた。
 たぶん、ホントにたぶんだけど、ヨーコは絵を描くのが好きなんだと思う。
 彼女自身初めて気づいたのかもしれないけど、きっとそれで感情が動いたんだ。
 そんな大好きな絵を褒められて嬉しかったんだヨーコは。

「全国絵画コンクール中学生の部、最優秀賞、ヨミカワヨーコ殿。あなたは第87回全国絵画コンクールにて優秀な成績を……」

 市長がハツラツと賞状を読み上げる。

 ヨーコはピクリとも動かず、立って……いや、なんか手がふるえてる?
 やっぱり緊張してるの? ヨーコ?

「……これを賞します。おめでとう!」

 市長が笑って賞状を差し出すと、ヨーコは一歩前に出てお辞儀をする。
 そして、左手、右手で受け取り、一歩下がりながら賞状を片手で持ち、そして……、


「「「出来た!」」」


 つい、声を揃えてしまい、私たちはあわてて口をふさぐ。
 いや揃えたくもなる。だって、あんなに完璧にお辞儀まで出来ちゃうんだもん。
 ヨーコが頑張ったから、ちゃんと本番で一番の動きが出来たんだもん。

「って、あぁ!」

 と思った矢先に私は悲鳴のような声をもらす。
 そのまま席に戻ると思ったヨーコはクルリと回ってこちらに向いたのだ。
 そして……賞状をバッと頭上にかかげた。

「え? ……えぇ!? なにあれ? ヨーコどうしたの? やったよって事?」

 もうパニックになる私。
 会場はシーンと静まり返ってる。市長も大口を開けて固まっている。

「わかんねーけど、しかたない!」

 アキラは立ち上がって、いきなり全力で拍手をした。

「あー、もうめんどくせーな!」

 ミノルも立ち上がり、続く。こうなったら私もやるしかない。
 私も立ち上がり、3人並んで思いっきり拍手をする。
 もうヤケクソだったけど、次第に周りもつられて拍手が広がっていき、いつしか会場中が大きな拍手に包まれていった。

「あっぶねー! これでセーフだろ!」

「うんうん! アキラナイス! ファインプレー!」

「おいレミ、俺は?」

「わかったわかった! ミノルもファインプレー! 仲間思いだね!」

 拍手の渦の中、仕方なくミノルも褒めてやる。だから、その嬉しそうな顔隠すのやめなって。

「って、ねぇみんな! 見て! ヨーコ!」

「ん? あ!」

「うわ! ありえねー!」

 私たちの声はきっとかなり大きかった。
 でも、拍手の大きさがすごくて全然目立たない。
 それくらいショッキングな事が起きてたんだけど、会場のみなさんはきっと気づいていない。


「……ヨーコが、笑ってる」


 あの機嫌が悪い時の冷徹な笑みではなく、少しだけ気恥ずかしそうに薄く笑っている。

「すごい、きれいヨーコ」

 その顔は今まで見たどんなヨーコより可愛くて、温かくて。
 誰がどう見たってゾンビじゃなくて、ただの中学2年生だった。
 とびっきりかわいい女子中学生だった。

「おめでとー! ヨーコ!」

 こんな大きな拍手の中じゃ、聞こえてるかわからない。
 だけど、私はそう叫ばずにはいられなかった。
 そしたら、一瞬だけどヨーコと目が合って、その口が小さく動いた気がした。


「……ありがとう」


 そんな風に見えたのは、私のかんちがいかな?
 ううん。どっちでもいいや!
 おめでとう! ヨーコ!
 鳴りやまない拍手の中、私は誰よりも大きな拍手を彼女に送った。


 ――――……。


 それから数日たって、部室にはあるものが置かれるようになった。

「ヨーコ、また絵描いてるの?」

 部室に入ると、ヨーコは顔を上げてうなずく。
 私は部室に所狭しと置かれたイーゼルやらなんやらをよけながら、自分の席に座る。
 ヨーコが副賞でもらった画材一式は彼女の願いで部室に全て置かれる事になったのだ。
 というわけで、この出来事も一件落着? なのかな?


 なんか部室すっごく狭くなったけど、放課後怪談クラブは今日もいつも通りです……。
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