放課後怪談クラブ

【CASE3 運動会は危険がいっぱい!】

「じゃあ今日はどこに行こうか!」

 放課後、部室ではアキラが校内図を広げながら快活に話している。まぁ、これはいつもの風景なんだけど、いつもと違うのは。

「……なんで、こんなに『〇』がついてるのよ!」

 私は校内図を指さした。そこには校舎内外問わず、至る所に赤い丸印がされていた。
 ということは、これらひとつひとつに「鬼門」へつながりそうなウワサがあるというわけで、って事は私たちはこれらを全部回らなきゃいけないわけで……。

「運動会の練習だってあるのに~」

 思わず机に突っ伏する。
 そうなのだ。
 この神山中学校の大イベントのひとつ「運動会」が来月に迫っているのだ。
 各学年4クラス。
 各クラス1組からそれぞれ紅組、青組、黄組、緑組とわかれて真っ向勝負。
 例年クラス間の仲が悪くなりかねないほど、白熱するのはきっとこの中学校に実しやかに流れる伝説のせいなのだろう。

『優勝した組の生徒は「小さな願い」が叶う』

 願いの大小がどっからどこまでかはわからないが、やれ恋人が出来たとか、やれテストでオール満点とれたとか、やれ新しいゲーム機がくじ引きで当たったとか。
 本当に伝説のおかげかはわからないものも多いが、実際に叶っている。
 という事らしいのだ。
 だから、これから放課後は忙しくなる。
 1年生の学年競技はクラス全員が縦に並んで足をひもで結んで走る「ムカデ競争」だ。
 全員そろって足を出さないといけないこれは、体育でやったけど、マジでむずかしい。
 ほんっとに練習しないとゴールまで何十分とかかりそうだった。
 もちろん選抜リレーとか学年リレーもポイントは高い。
 でも、この学年競技もそれに匹敵するくらいの高ポイントなので、体育系の部活に入っているクラスメイトなんかは先輩から「マジで頑張れ」ってハッパをかけられてるみたい。
 そんな事言われたら頑張らないわけにはいかないじゃん?
 なので、私たちのクラスも含め、って言うか学校中が練習に燃えているのです。

「まぁ、俺らも練習けっこう入ってるからなぁ。ここは分担するしかないんじゃね?」

 なぁ? とミノルがヨーコに向くと、コクリと彼女もうなずく。

「そうだなぁ~。こればっかりは全部を全員で回るのは無理そうだよな」

「でもさ、運動会終わってからでも良いんじゃない?」

 って、なんで私はみんなで全部回る方法を提案しているんだろう?
 と思った矢先にアキラに首を振られてしまう。

「ダメなんだ。なんか、運動会が終わるまでにってのも結構あってさ。半分以上がそうなんじゃないかな?」

「はー? なんだそれ? どういうウワサなんだよ?」

 めんどくさそうにミノルが言うと、めずらしくアキラがため息をついた。

「なんかさ。運動会までにこれをすると相手がミスするとか、自分がうまくいくとか、なんかおまじない系のウワサが多いんだよ。ポッと出てきたものも多いけど、そんなかに本物が埋まってたら、それこそ目もあてられないじゃん」

 めんどくさいけどさ。とアキラもうなだれる。
 うーん、なるほど。
 どうやら運動会でなんとしても優勝したい気持ちから誰かが流したウワサがほとんどって事ね。
 そして、その真偽を確かめるにはとにかくやってみるしかない。というわけだ。

「なるほどね。じゃー、みんなの予定出してローテーション組んじゃいましょ」

「あ? なんだよレミ。めずらしくやる気じゃんかよ」

「し、仕方ないでしょ! あとでモメるのもいやなんだから!」

 私は鞄からノートを取りだして、日程表を書いていく。
 みんなは、その表に部活に来れる日を「〇」していって、私はアキラと相談して枠の外に日別でどのウワサを調べるかを書き足した。



「――――うん、まぁこれでなんとかなりそうね」

 出来上がった表を部室の壁に貼り付ける。
 ちゃんとバランスよく2人組で毎日探索できるローテーションが組めた。

「これから忙しくなるけど、みんなで協力してやりとげましょう」

「おう。ってレミお前マジでやる気じゃん。どーした?」

 ミノルに再度聞かれて、私はようやく「確かに」と考え直す。
 あれかな? 運動会の熱気に影響されちゃった?

「と、とにかく! ここを乗り切ればまたゆっくり活動できるんだから!」

 全員で乗り切るよ! と私は拳をにぎって突き上げた。


「「「「おー!」」」」


 とみんなの声が重なる。もう言わずとも、こういう瞬間が増えて来た。
 いい調子、なのかな? チームワークってこういう事なのかな?

「そう言えば、2年の学年競技ってなんだっけ?」

 ふとわいてきた質問を口にすると、ミノルとヨーコがたがいに見合う。
 そして同時にまたこちらに向き直った。

「騎馬戦」

「……騎馬戦」

 なんか、微妙にタイムラグがあって聞き取りづらかったけど、騎馬戦か。
 って、えぇ!?

「騎馬戦、なの……?」

 ヨーコに聞くと、コクリとうなずき、親指を立てた。
 いや~、グーじゃないでしょ~。

「へー! 俺も騎馬戦やりたかったなー!」

 出た! 久しぶりのノーテンキ!
 そーじゃないでしょ! ヨーコが騎馬戦やるんだよ?
 細いし、軽いからきっと上に乗る人だよ!
 あー、なんか私もおまじないに頼りたくなってきた……。
 ……どーか、ヨーコの首がとれませんように!




 ――――かくして、私たち放課後怪談クラブの多忙で不安な日々が始まった。

「じゃーかけ声そろえていくぞー!」

 校庭の端でアキラの元気な声が響く。たくさんの生徒が練習の声を響かせているのに、アキラの声ってホント誰よりもよく通るから不思議だ。

「せーの! いっちに! いっちに!」

 先頭のアキラが合図して、1組である紅組のムカデが動き出す。
 私は真ん中より少し後ろで、前の人の肩を持ちながら必死に足並みをそろえた。
 いっちに、いっちに。いっちに、いっちに。
 全然早く走ってないのに、息が上がっていく。

「うわぁ!」

 前方で声が上がると、とつぜんみんなの動きがストップする。
 そして、そのままドミノ倒しみたいに転んでいくのはこれで何回目だろうか。

「いってー! 大丈夫かー?」

「ゆっくり! ゆっくり起き上がってー!」

 男女関係なく声をかけ合って、体勢を持ち直す。いやー、青春、なのか?
 ともあれ、私たちはまだまだこんな感じ。
 だけど。

「あー、やっぱ緑は速いねぇ」

 菜々ちゃんが校庭の反対側を見て、ポツリとつぶやく。
 それに反応してみんなが視線を揃えると、そこには先頭に立ってみんなを引っぱる由美子と4組の生徒たちが居た。
 ホント、私たちとは月とスッポンくらいの差がある。
 スムーズに、どんどん進んでいく緑の列。
 一生懸命に声を上げる由美子は、誰がどう見てもリーダーだった。

「やっぱ由美子はすごいなぁ」

 ふいに由美子がこちらに向く。え? 聞こえた? まさか。
 でも、由美子は確かに私と目が合って、そしてそのままアキラの方を見た。

「緑のリーダーはやる気まんまんだな」

 アキラも真っすぐ彼女を見返している。
 そして、由美子がうつむき加減に目をそらすとアキラは自分の頬をパシンとはたいて、気合を入れなおした。

「よっしゃー! 俺たちも負けてらんねーぞ! 情熱の紅組! ファイト―!」

 アキラの声に「おー!」と声が重なる。
 そうだ。私たち1組だってチームワークで負けてない。
 せーの!

「いっちに、いっちに、いっちに――――――――」



 ――――……。



「……やばい。筋肉痛で歩けない」

「いや、お前歩いてるじゃん」

「無理して歩いてんだっつの!」

 わかれよ。残念イケメン。
 と口悪くなってしまったが、今日は私とミノルで探索する日だ。
 ミノルが居ると変な術(いまだによくわかっていない)があるので、隠れる必要もなく自由に行動できる。まぁ、今はみんな練習中だから必要なくて、術かけてないんだけど。
 でも、そんな自由を奪うのが足から全身にかけての筋肉痛だ。
 連日の運動会練習で、体はなんか色々と鍛えられてる気がする。
 もしかして腹筋われちゃう? なんて思ったけど、腹筋は残念ながら痛くない。
 足がやばい。
 1年は走る競技ばっかりなので、当たり前なんだけどさ。どーして、小学校みたいに玉入れとかやらないのかな? もうマジのスポーツじゃん。スポーツ大会じゃん。
 いや、まぁ運動会ってそうなんだけどさ……。

「お、着いたぞ。裏庭の花壇の右から2番目」

 なんて、恨みつらみを心の中で吐き出している内に、今日のノルマひとつ目に到着する。

「えーっと、なんだっけ? この花壇に大切なものを埋めると運気が上がる?」

 私はポケットからアキラにもらった紙を取りだす。
 中には、そのウワサの内容が書いてあるんだけど……なんじゃこりゃ?

「これ、絶対誰かがテキトーに作ったよね……」

「あん? そーか?」

 って、ミノル! なんで十字架のネックレス埋めようとしてんのよ!
 それ埋めちゃダメなやつ!
 術使えなくなっちゃうやつ!

「ちょっと! 私が埋めるから! ミノルはどいて!」

 あわててネックレスを首にかけてあげて、私はミノルが掘った穴に向かってしゃがむ。
 ……う。この動作がけっこうキツイ。

「でも、大切なものって言われてもな……」

 さて、どうしたものか。
 ミノルみたいなホントに大切な物を入れるわけにもいかないし、そもそも思い浮かばないし。でも、何か入れなきゃいけないし。
 あ、そしたらこれにしよう。

「あん? お前そんなん大切なの?」

 私が手にしたものを見て、ミノルがバカにしてくる。
 でも、私はなにも言わずにそれを穴の中に置いた。
 茶色い土に置かれたのは、古びた靴ひもだった。
 もうすぐ切れそうだな。って思って、運動会練習中に切れてもイヤだし今日、交換しておいたんだ。

「これで運気が上がったらウワサは本当って事で! 運動会にご利益ありそうじゃん?」

 私は靴ひもを土で埋めて立ち上がる。
 ……う。この動作もキツイ。

「で? 次はなんだっけ?」

 私が聞くと、ミノルはあごで校庭側を指す。

「向こうのプールだよ。あそこに名前を書かれると必ず怪我をするってやつだ」

 うわぁ……いんけんなウワサのやつ来たー。
 でもこの花壇のウワサより、よっぽど鬼門に近い気もする。

「まぁいいわ。ひとつずつ確かめていきましょ――――」

 と、筋肉痛をおしてたどり着いたプール裏。
 アキラに教えてもらった場所には、もうなんかすっごい光景があった。

「なにこれ……もう何がなんだかわからないじゃん」

 プール裏の壁にはマジックでぬりつぶされたような黒い塊がある。
 しかし、よく見てみるとそれらは色んな人の名前が上から上から塗り重ねられているもので、意図して黒くぬりつぶしたものでないことがわかった。

「んだよ。こりゃずいぶん歴史があるんじゃねーか?」

 うわ。ミノルよく触れるわね。さすが吸血鬼。怖いもんなし?

「でもさ、そんな長い間放っておくもんかな? 一応悪いウワサなんでしょ?」

「知らねーよ。でも消しても消しても書かれるんなら金かける気も失せるわな」

「そんな問題かなぁ……」

 なんだかんだマジマジと見てしまう。
 よくよく見てみるとけっこう名前が読めるから不思議だ。

「おい。あんま近づかねー方がいいぞ」

「へ?」

 言われて私はとなりに向く。
 けど、ミノルはこっちに向きもせず壁に手を置いたまま目をつむっていた。

「……こりゃ、マジなやつだ」

「マジなやつ……とは?」

「本物って事。これで人が死ぬとかはねーかもだけど、確実に悪い影響が出る」

「え? ウソ? なんでわかるの?」

 私の質問にようやくミノルは目を開けてこっちを向いた。

「そりゃぁ、お前」

 ミノルの顔がゆがんだような笑みを見せる。

「俺らは裏世界の住人だからなぁ」

 久しぶりのキバを見せた笑み。私は思わずそこで立ちすくんでしまった。

「なーんてな!」

「……は?」

 とたんにミノルがケラケラ笑いだす。

「マジでビビんなよ! お前すっげー顔してたぞ今!」

「はぁ? なにそれ! だましたのね!」

 ふざけんな。あんたが言うと冗談に聞こえないんだから! やめてよねマジで!

「いやいや! だましちゃいねーさ。ここに悪い気が流れてんのは確かだ。やっぱり鬼門はこの学校にありそうだな」

 ミノルは嬉しそうに羽をバサバサとはばたかせて、校舎を見上げる。
 つられて私も見あげたそこには夕日に赤く染められた校舎が静かに立っていた。
 なんだろう。いつもとは違ってみる。
 運動会の練習がまだどこかで続いてるのか、遠くで声がする。
 校舎はそれをだまって見ている気がした。

「とにかく、レミはもうここに近づくな。普通の人間じゃ悪い気の影響を受けかねない」

「な、なによ影響って」

 ちょっと怖くなって、言葉を噛んでしまう。

「お前さ。『魔が差す』って言葉知ってるか?」

「え? いや、まぁ知ってるけど」

「こういう所にくると、悪魔に心をさされちまうんだ。気の弱ってる人間はそのまま飲み込まれちまうこともある」

「なによ? なんの話?」

「まぁ、つまりは『人を呪わば穴二つ』ってこと。この穴は鬼門の事だ。呪った方も呪われた方にも鬼門は開く」

 なんだろう。ミノルはいつになく真剣な表情で校舎を睨んでいた。

「レミ。お前はそんなもんに巻き込まれちゃダメだ。裏世界の住人になった人間は二度と戻ってこれねーぞ」

 ま、こんくらいの気の大きさならそこまでいかねーけどな。とミノルは笑った。
 笑ってるけど、私には笑えない。だって……。
 あんたらすでに鬼門探しに巻き込んでるんですけど!?
 そんな怖いものだって初めて聞いたぞ、おい。
 言ってよ! 先に! そんな大事なとこ省いちゃダメでしょ!

「あー、もうイライラする!」

「あ、おい! よせって!」

「あんたは吸血鬼だから平気なんでしょ! それも本当かどうか検証よ!」

 私は黒マジックで大きく「ナミハラミノル」とかいてやった。
 バッチリ、フルネーム。バチが当たればいい。

「さ、今日はここまでね。明日からミノルくんは気をつけて練習してね!」

 マジックのキャップをしめてにこやかに言ってやる。

「レミ……マジで怒ってる?」

「いーえ? 私は全然怒ってませんけどー?」

 最後の最後まで笑顔は絶やさない。
 私はミノルをその場に残して、さっさと帰った。


 ――――……。



 そうやって、順調に練習と探索を進めていった矢先に事件は起きた。

「は? 由美子がケガした?」

 昼休みにとびこんできたニュースに私たちはザワつく。
 どうやら由美子が階段を踏み外して転げ落ち、足をねん挫したらしい。

「んだよー! せっかく昨日、緑の記録抜いたのによー!」

「ちょっと男子! そういう事言わないで! フキンシン!」

 女子からソッコーで注意された男子はつい口から出てしまった本音を飲み込むように給食を口にした。
 でも、人の口に戸は立てられない。
 こういうウワサ話は女子の方が得意だ。

「最近、由美子がんばりすぎてたもんねぇ。疲れてたんじゃない?」

「わかる~。ここんとこ緑組は最初の勢いなくなってたからねぇ」

「いつの間にかムカデ三位でしょ? そりゃ由美子も責任感じて頑張ろうとするよ」

「4組は由美子に負担かけすぎたんじゃない? かわいそ~」

「それより、あのプールの呪いだったりして?」

「えー? なにそれなにそれ? そんなのあるの?」

 私の班も例にもれず、由美子の話題で盛り上がってしまう。
 でも、そんな時はいつだって。

「ねぇーやめよーよ。おもしろがっちゃダメだよそーいうの」

 菜々ちゃんが朗らかに止める。

「あ、あぁー……そうだよね。菜々の言う通りだわ、ごめん」

「んーん! ぜんぜん! あ、そーいえばさこの間の心霊番組でー!」

「ってちょっと関連めいた話するんかい!」

 となりの子が菜々ちゃんにツッコミを入れて、班が笑いに包まれる。
 なんだろう、菜々ちゃんってホント純粋で、素敵な女子だな。
 みんなも菜々ちゃんが大好きだから、その笑顔を見ると彼女の言葉がスッと胸に入ってくる。不思議なクラスメイトだ。

「あ、そうだ! 今日は放課後学年リレーの練習でしょ? 今日こそ一位とるもんね!」

 菜々ちゃんはフォークをにぎりしめて立ち上がる。
 すると、離れた班からも誰かが立ち上がる。
 って、アキラなんだけどさ。

「そのとーり! よく言った菜々!」

 って、どーしたのよアキラ! 菜々って! いきなり呼び捨て!?

「えええ! あ、アキラくん! ななな、菜々って!」

 ほら! さすがの菜々ちゃんも顔真っ赤だから!

「いやー、なんか田野倉って呼ぶの長いじゃん? みんなも菜々って呼んでるしさ」

 いや、あんたの言うみんなって全員女子だから!
 男子はみんな「田野倉」か「田野倉さん」だから!
 なんて、私が教えてあげるチャンスも無く、教室は何故か祝福ムードになる。
 お似合いカップル誕生かー? と男子がはやしたて、女子も笑う。
 菜々ちゃんは顔をまっ赤にして、ストンと席に座った。

「なんだよ盛り上がって来たなー! この調子で放課後一位だぜ!」

 いぇー! と盛り上がる男子の中心にいるアキラはとんでもないな。
 彼には恥ずかしさという感情が無いのだろうか。
 なにがお似合いカップルだ。
 全然お似合いじゃないじゃん。
 菜々ちゃんにはもっとこう、なんていうか……その、良い人と付き合ってほしい!

「ごめんね。後でアイツに呼び捨てやめろって言っておくから」

 そっと菜々ちゃんに言うと、彼女は笑って首を振った。

「いーって、いーって! 私は全然イヤじゃないからさ!」

 と言われて、なんか、なんだろう。変な気持ちになった。
 やっぱり、お似合い、なのかな? この二人。
 ま、まぁ良いんじゃない?
 だったら付き合っちゃえばいいんじゃん?
 アキラには菜々ちゃんもったいないけどね!



 放課後、私たち1年生は校庭を貸し切ってリレーの練習を始めた。
 当日の集合からスタートまでの流れの確認と、最後は本番さながらの競争をする。
 今のところの力量を図るため、先輩たちも周りで様子を見ている状況。
 やばい。本番以上に緊張するかも。

「おいレミ。なに固まってんだよ。走るの得意だろ?」

 バシンと背中をたたかれて振り返ると、アキラの笑顔がなんかにくたらしい。

「うっさい。あとレミって呼ばないで」

「はー? なんだよいきなり。レミはレミだろ」

「わたし(・・・)は、呼び捨てイヤなの。水沢か、水沢さん。ね!」

 フン、とそっぽを向く。アキラは「なんだぁ?」ととぼけた声を出していたが、私の知ったこっちゃない。
 あー、なんだろう。なんでこんなイライラしてんだろ私。
 しかし、そんな私のイライラなんて知りませんよ。と言わんばかりにリレーはスタートする。
 由美子がケガで欠場となった今、紅組は優勝候補だ。
 緑は急な走順変更で、バトンパスが上手くいっていないように見えた。
 今は紅組と青組が一位争いをしている。
 そこから少し離れて黄色、そして緑と続く。
 逃げる青に、追いかける紅。

「いいぞー! いけいけ!」

 本番さながらにヒートアップする応援。
 1年生どうしはもちろん、先輩たちまで声援を送ってくれている。
 もうここにいる全員が真剣だった。

「はい、次の走者入って」

 ついに私の番。
 今は紅組二位。とにかく抜けなくとも差をつけられるわけにはいかない。

「走れ!」

 赤いバトンを持ってコーナーを曲がり終えた男子が叫ぶ。
 同時に私は走りだし、「はい!」の言葉で左手を後ろに伸ばした。
 パシンと渡されたバトンをつかんで、右手に持ち替えながら走る。
 ほとんど並ぶように青組の走者と走る形になったけど、私はコーナーに入る瞬間に一歩前に出た。

「おっしゃー! レミ! いいぞ!」

 あぁ、やっぱりアキラの声って良く聞こえる。
 たくさんの声援が校庭中に響いてるのに、なんか霊力とか変な力を使ってんじゃないでしょーね?
 と余計な事を考えてたら、なんだか体が軽くなった。
 あれ? なんか私、楽しくなってる?

「えー! レミ速い!」

 クラスの女子が「すごいすごい!」と声を上げていた。
 でも、私には後ろを振り返る余裕もなく、そのままコーナーを曲がり切り、アキラと目を合わせる。

「走って!」

 私の合図とともにアキラは猛ダッシュ。ほんっとに足速いんだから!
 私はテイクオーバーゾーンでさらに加速する。

「はい!」

 私の声に反応して差し出されたアキラの左手。私はそこにバトンを当てると、さっと取られてアキラはこれでもかってくらいに加速していった。

「はっや……」

 スピードを落としてレーンの内側に逃げ、膝に手をつく。
 息をととのえながらアキラの背中を目で追う。
 どうやら私はけっこう差をつけていたみたいだ。

「レミすごーい!」

「うわっ!」

 いきなり後ろから抱きつかれて、よろける。

「そんな速かった? 私」

 振り返ると、先に走り終えていたいつもの班の女子がみんないた。

「速かったー! なんかのりうつってたんじゃない?」

「なにそれー! でも言えてる! マジでちょー速かったもん!」

 そっか。マジでチョー速かったんだ私。
 なんだろ? なんか楽しかったからかな?

「んー、私の底力出ちゃった? なーんちゃって!」

「うわーレミが覚醒したー!」

 私も調子に乗ってふざけてみんなと笑う。
 うーん、これってもしかして花壇のおまじないの効果だったりして?

「あ、菜々が走るよ!」

 指さされた反対側のレーンを見ると、ちょうど菜々ちゃんがバトンを受け取るところだった。

「菜々も速いからねー。ってかあんだけリードしてたら絶対抜かされないよね」

「たしかにー。これ、マジで紅組優勝あるんじゃん?」

 口々に話される言葉にうなずきながら、ニコニコ笑って走る菜々ちゃんを見る。
 確か、本当ならここで由美子と菜々ちゃんのデッドヒートがあるはずだったんだよな。
 前回の練習ではまさかの菜々ちゃんが抜かされちゃったんだ。

「あれ? 菜々ちゃんよろけた?」

 コーナーを曲がり切ろうとした菜々ちゃんが一瞬、身体をかたむけたけた。

 でも、すぐに体勢を立て直して、そのまま走りきる。

「おー、バトンパスも成功。さすが菜々だね」

「菜々ちゃん、走ってるときカッコいいなぁ」

「わかるー、ギャップだよね。普段はほんわか系なのに」

「あと、ちょっと不思議ちゃんね」


「「「「それな」」」」


 私たちが見合うと、走り終えた菜々ちゃんが小走りでこちらに来た。

「みんなー、応援ありがとー!」

 おたがいに手を振り合うと、菜々ちゃんはいきなり私たちの前でしゃがむ。

「あ、菜々。靴紐切れてんじゃん!」

 声につられて菜々ちゃんの足元を見ると、本当だ。靴ひもがバッチリ切れている。

「あー、だからさっきよろけたんだ?」

 私が聞くと、菜々ちゃんの笑顔が私を見上げた。

「うん! でも大丈夫! ちょーど、替えを持ってたから!」

 ポケットからゴソゴソと何かを取り出す菜々ちゃん。
 それを見た誰かが指をさして笑う。

「えー、菜々。きったな! それ絶対古いやつじゃん!」

「むしろ今のより汚れてるし!」

 口々に言いながら笑うみんなに菜々ちゃんも笑顔で返す。

「そーなんだよー。でもま、今日だけの応急処置ってね! ひもがつながってるだけありがたいじゃん?」

 たしかにー! とみんなで笑うみんなと一緒に私は笑えなかった。



 ……菜々ちゃん。






 ――――なんで、私が花壇に埋めた靴ひもを持ってるの?


「……っ痛」

「え? どーしたのレミ?」

 急にうずくまる私に笑い声が止む。
 なにこれ? なんか右足ににぶい痛みがどんどん広がっていく。

「おい、どーした?」

 不意にかけられた声につい、顔を上げてしまう。
 さっきはあんな冷たい態度をとってしまったのに、どうしてか私はその声に安心してしまった。

「ごめん、アキラ。ちょっと保健室ついてきて……」

「おいおいレミ。だいじょーぶか? ほら、立てるか?」

 アキラのまわりで人魂がゆらめく。
 私は彼の肩を借りながら、ゆっくりと立ち上がり、みんなに先生への連絡をお願いしてそのまま保健室へと向かった。
 前に向き直る瞬間に見えた、菜々ちゃんはぜんぜん笑ってなかった。

「うーん、多分ムリに走って筋肉が傷ついちゃったんだと思うわ。疲労の積み重ねだね」

 ベッドに寝かされた私の足をさわりながら、保健室の先生は言った。
 若い女の先生だけど、スポーツ医学にくわしい人で、なんかどこかの大学のチームの担当医? とかもやってるって話だから多分、診察に間違いはない。

「マジかよ先生。運動会はどうなるんだ?」

 つきそいで来ていたアキラの言葉に先生は笑顔でうなずく。

「それは大丈夫よ。でも、しばらく運動は禁止。湿布を貼って今週は安静にしてること!」

 ピンと立てられた人差し指に私は「はい……」と力なく返事をする。
 まいったな。それじゃ、もうほとんど運動会の練習に参加できないまま本番だ。
 ムカデも良い感じになってきたのに。
 これじゃいっそ、私はここで参加をやめてしまった方が結果につながるんじゃ……。

「よっしゃ! じゃー本番は出られんだな! よかった!」

 フツフツと心の奥からにじみ出てきた感情が、快活な言葉に吹き飛ばされる。
 こんなニッカニカの笑顔を向けられたら、私も笑うしかないじゃないか。

「うん、そうだね。がんばろ」

 うん。とうなずきあって、私たちはまた微笑みあった。

「よー、レミがケガしたって?」

 とつぜんガラッと扉が開く。

「……レミ、だいじょーぶ?」

 そこからもうひとつの声が届いた。

「ミノル! ヨーコ!」

 入ってきた2人に私は身体を起こす。と、ベッドに鞄を置かれる。

「おう。お前の友だちがどうしようって迷ってたから、受け取って来てやったぞ」

 感謝しろよな。というミノルに首をかしげると、ヨーコが察したのか補足してくれた。

「なんか……ジャマしちゃ悪いかなって言ってたから、アキラとイチャイチャしてるって思われてたんじゃない……?」

「んなっ!」

 イチャイチャって! んなわけあるか!

「な、なによそれ! フツーに来てくれれば良いのに! ねぇ?」

 たまらずアキラに同意を求めると、奴は顔に「?」を浮かべながら腕を組んだ。

「イチャイチャってなんだ?」

 はい、出たノーテンキ君。もー、いいです。

「……まぁ、とにかく鞄ありがと2人とも」

「おう。気にすんな」

「……どーいたしまして」

 なんだかんだ心配してくれているらしい2人の顔を見てると、気持ちも落ち着いてきた。
 気づけば先生も職員室に戻っていて、いつの間にか保健室は放課後怪談クラブの部室になっていた。

「ちょーどいいや、ちょっと話がある」

 ミノルはまわりを気にしながら、十字架のネックレスをにぎりしめた。

「なに? また何かの術? もしかして私の足を治してくれるの?」

「ちげーよ。話があるって言ったろ。そもそもケガ治す術なんてねーし」

 そんな即答で否定しなくても……。と思ったが、口にはしない。
 どうやらミノルはこの保健室をいつもの部室のように人が来ないようにしたらしかった。

「これでオッケー。なぁ、アキラ。気づいたか?」

 ミノルが真剣な表情で聞くと、アキラもいつになく真面目な顔でうなずいた。

「うん。ほうっておいたらマズいことになりそうだ」

「……でも、どーやって探す?」

 ヨーコの質問に3人はそろって「うーん」と首をかしげる。なんなんだいったい。

「ね、ねぇ……どーしたのみんな? 何があったの?」

 聞くと、ミノルが私の胸を指さした。

「へ? な、なに? ちょっと! さわんないでよ!」

「ちげーよ! さわろうともしてねーだろ! お前の心を指さしたんだよ!」

「は? こころ?」

 胸をふさぐようにしていた腕を下ろす。

「そーだ。あとはお前のそのケガした右足な」

 ミノルの指がすっと足の方へと動く。

「だから、なんなのよ? 何が言いたいの? って、なになに? ヨーコどーしたの?」

 ヨーコは無言で私の右足にそっと触れる。
 体温の感じないひんやりとした手のひらが優しく足をつつんだ。
 ヨーコは私の足をさすりながら、無表情でこちらに向く。

「……レミ、呪われてるよ?」

 ヨーコのまさかの発言に、私は固まる。
 何か言おうと口を動かすけど、何を言えばいいのかわからない。

「覚えてんだろ? この前行ったプール裏のおまじない」

 ミノルはぶっきらぼうに言う。

「あそこの呪いが発動した。このまま放っておくと学校中が巻き込まれんぞ」

 ミノルは言いながらポケットから何かを取り出して、ベッドに放る。
 私のももにそれが転がった。

「なにこれ? 十字架?」

 それは、小さな十字架のキーホルダーだった。

「とりあえず、それ身に着けてろ。おまもりがわりだ。呪いの効果を弱めると思う」

「いやいやいや、ちょっと待って。話についていけないんだけど?」

 キーホルダーをにぎりしめながら、私は首をふる。
 呪いが発動したって何?
 おまもりって何?
 私、どーなっちゃうの?

「レミ、まぁまぁ落ち着けって! だいじょーぶだから!」

 そっと肩に手を置かれる。

「アキラ……」

 いつもの笑顔。ノーテンキな声。

「ミノル。ちゃんと一から説明してやんねーとさ! 仲間なんだから情報共有ってやつは大事だろ? ほら、あのチンゲンサイってやつ」

「……ホウレンソウ、ね」

 ヨーコの冷静なツッコミ。あ、アキラ……言葉全然違うじゃん。ってゆうか、よくわかったなヨーコ!

「……あ、レミ。いつもの感じに戻った」

「へ?」

 ヨーコがうっすらと笑みを浮かべる。あ、前に見たあの優しい笑顔だ。
 すると、なんか体から力が抜けていった。

「仲間。そーだよな。仲間だ。んじゃ一から説明してやっからよーく聞けよレミ」

 相変わらずえらそうな態度でイスに腰かけるミノル。
 となりのベッドにこしかけるのはヨーコで、アキラはわたしのそばで立っている。
 なんだろう、このいつも通りがいつになく嬉しい。
 なんだか、安心する。

「んじゃ、放課後怪談クラブのミーティングを始めるぞ――――」


 ……。



「――――――――というわけだ」

 ミーティングと言いながら、ただミノルが長々と話してるだけの時間がようやく終わって、私はフーッと長い息を吐いた。
 もちろん、脱線を繰り返し長話するミノルに対してのものでもあったが、それ以上に私は話を聞いて、浮かない気持ちになった。
 つまりは、こういう事だった。


 ・プールの壁には人間の負の感情が長年ため込まれていた。
 ・それが最近、限界を超えてあふれてしまった。
 ・今は小さい穴からもれだす程度で済んでるが、もうすぐそれも決壊する。
 ・そしたらこの学校中が呪いにあふれてしまう。
 ・呪いの力は強く、そこまでいったら手のほどこしようがない。
 ・この状況を何とかする方法は一つ。
 ・呪いの限界を超えさせた最後の記入者を探し出すこと。


「その最後の記入者を探したら、どうすればいいのよ?」

 ため息を吐き終わって私は顔を上げた。ミノルと目が合う。

「そいつの負の感情を全部吐き出させてやればいい」

「どういうこと?」

「つまり、キッカケになった奴の呪いを全部出してふたをしちまえばそれで終わりって事だよ。ふたをする術はあるから、俺にまかせろ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ吐き出させる術は?」

「んなもんあるか。そこは何とかするしかねぇ」

 なんてこったい。
 つくづく、かゆい所に手が届かない術だ。

「あ、言い忘れてたけどそのキーホルダーにも術が一個込められてるから」

「え? なによ、ヘンな術とかじゃないでしょうね?」

 私はブラブラとキーホルダーを揺らす。
 ミノルはニヤリと笑ってそれを指さした。

「聞いておどろけ? そのキーホルダーにはな……」

 ゴクリ、と唾をのみこむ。

「なんと! 一日吸血鬼になれる術がこめられてるんだ!」

「せめて、もうちょい使える術にしろ!」

 秒でツッコミを入れてやった。それでこそ私だ。
 いやいや、待て待て。
 なんて必要のない術なんだ。
 吸血鬼になっても、意味がないじゃないか。いや、意味ないよね?

「意味あるの? この術」

「いや、ねーよ。術も使えないし、ただ吸血鬼になるだけ。おためしで」

 おためしって……。

「でもよ、おまもりにはなるから持っとけ。お前はもう呪われてんだから」

 そーだ。なんで、私が呪われてるんだ?

「ねぇ! どーして私が呪われてるってわかるの?」

 私の問いにミノルは肩をすくめる。

「だって、お前参加しただろ? あの呪いに」

「参加? なんのこと?」

「壁に俺の名前書いたじゃん。あれでお前も参加したことになってんだよ」

 またミノルは私の胸を指さす。わかってるんだけど反射でつい、腕でガードしてしまう。

「参加した奴には心に黒いモヤが出る。裏世界の者には見えるんだ。そんでそっち」

 今度は足を指さした。

「あそこに名前を書いた奴は心にモヤが出るが、名前を書かれた(・・・・)奴は別の場所に黒いモヤが出る。つまり、お前は俺を呪いつつ、誰かに呪われてるってわけ」

 え? なによそれ? 私が呪われてるって、なんでよ……。

「信じらんない。って顔してんな? まー、でも安心しろよ。裏世界の者には呪いなんて効かねーから」

 ミノルは的外れな回答をして笑った。こんな状況でよくもまぁ笑えたもんだ。
 でも、まさか、そんな……?

「レミ。落ち着けって。ミノルはあぁ見えてすっげー心配してんだからさ」

 アキラはパンと手をたたいた。

「まぁ、そんなわけだから。ここからは心にモヤが出てる人の中から最後の記入者を探し出そう!」

 なんか元気づけるように言ってくれてるけど、私の心はそれでも晴れない。
 今、私の頭の中をグルグル回っているのは、ある人物の事だけだった。

「ねぇ、アキラも……その心の黒いモヤって見えるんだよね?」

「ん? おう、もちろん!」

「今日の学年リレーで、そんな人、居た……?」

「いやー、残念ながらけっこう居たなぁ。ざっと見て15人はいたかな」

 アキラが言うと、ミノルが「2年は20以上居るぞ」と口をはさむ。そりゃ、2年分だからね。でも、今はそんなのどーでもいい。
 私はゴクッと唾をのみこんで、アキラに聞く。

「菜々ちゃん……田野倉菜々は、どうだった?」

 私の問いに、アキラはノーテンキに笑いながら答えた。

「――――あぁ! 菜々もそのひとりだぞ!」




 保健室を出た私は、その後どうやって帰ったか覚えていない。
 ただ、呪いの決壊までもう2日もないこと。
 だから、明日中に決着をつけないといけない事はしっかりと頭に残っていた。

「まさか……まさかね」


 ――――……。


 ――――翌日。

「おい。お前は良いけど俺が学年練習サボったら、印象悪いだろ」

「いまさら印象なんて下がんないからイケメン」

 私が言うと、ミノルは「まぁ、それもそうだな」とまんざらでもない顔をした。
 放課後、私たちはそれぞれが運動会の練習にはげむ中、ひっそりと裏庭に来ていた。

「なんだよ。呪いにはまじないで対抗ってか? けど、多分効かねーぞここのやつ」

「そうじゃないわよ。ただ、確かめたいことがあるの」

 後ろに立つミノルに振り返らず、私は右から2番目の花壇の前でしゃがんだ。
 そして、ゆっくりと私が靴ひもを埋めた場所を掘り起こしていく。

「なんだ? 靴ひも持って帰るのか……って、あれ? なんだそれ?」

 ミノルが身を乗り出して、私の顔の横でつぶやく。
 そこには、靴ひもじゃなくて、キーホルダーが埋まっていた。

「なにこれ? 手品か? っつーか、オバケのキーホルダーって」

 私は何も答えず、ただ首をふる。
 そして、そっとそれを手にとって、にぎりしめた。

「大切なもの……埋めなきゃいけないんだもんね」

 しぼりだすように、キーホルダーにつぶやく。
 もちろん返答はない。
 靴ひもの代わりに埋まっていたもの。それは……、


 ――――私が菜々ちゃんにあげた「オバケのキーホルダー」だった。


 私はそのままプール裏の壁に向かった。
 ミノルには近くで隠れてもらっている。いざという時のために術を使ってもらう。
 もしかしたら、そうなのかもしれない。
 でも、もし違ったとしても私は友達として、彼女と向き合いたい。
 今まで過ごしてきた時間にウソはないと本気で思えるから。

「……やっぱり、あった」

 黒のグラデーションみたいになってる壁をていねいに調べて、私はようやくそれを見つける。
 そして、その見覚えのあるかわいい丸文字に涙がでそうになった。
 でも、ここで泣くわけにいかない。
 グッとこらえて、その名前を見つめる。

「五十嵐由美子……水沢レミ」

 ふたつ並んで書かれた名前。隅の方に小さく書かれているけど、上から書かれたからか、筆跡はちゃんとわかった。
 最近、同時にケガしたのが由美子と私だ。他にケガのウワサはまだない。
 もし、呪いが最終記入者の分から発動するとしたら……。

「――――ねぇ、どーしたの? レミちゃんこんな所で」

 明るくフワフワとしたいつもの口調が、今はなんだか傷つく。

「ごめんね。呼び出したりしちゃって」

 振り向く私に彼女は「んーん」と首をふった。
 菜々ちゃん。
 私の予想が当たっていれば、彼女が最終記入者だ。

「菜々ちゃん。教えてほしいの……その」

 私はぎゅっと手をにぎって菜々ちゃんを真っすぐ見た。

「教えてほしいの! なんで、なんで……私と由美子を呪ったの!?」

 私の言った言葉に菜々ちゃんは一瞬、目を見開いて、そしてまたすぐに笑顔を取り戻す。

「えー? なになに? どーしたのいきなり?」

 でも、その笑顔はいつものふわふわ笑顔じゃない。明らかに動揺していた。

「ごめん。でも、見つけちゃったんだ。これ」

 私が指さした場所、そこは私と由美子の名前が書かれていた場所。
 菜々ちゃんの字で。

「この字……私、菜々ちゃんの丸文字ちょっと憧れでさ。時々、真似してみたりしてたんだよ。だから、どうしてもわかっちゃうの。この字が、菜々ちゃんの字だって」

 それに、これ。と手を開いて差し出す。

「……それ!」

 菜々ちゃんが私の手と顔を交互に見て、一歩あとずさった。

「これ、花壇に埋まってた。もしかして、見てたの? 私が靴ひも埋めるところ」

 私の手には土で汚れたオバケのキーホルダーがあった。
 菜々ちゃんはおびえたような目で私を見る。
 でも、私は目をそらすように菜々ちゃんの足元を見た。もうすでに靴ひもは新品に替えられていた。
 下を向きながら、話を続ける。

「大切なもの。埋めなきゃいけないんだもんね。あの、おまじない。効果はあったかな? 私はなかったよ……ひとつも良いことなんてなかった」

 でもね、と付け加えて私は顔を上げる。

「ここで終わらせたら、よくない事しかなかったで終わっちゃうから! 私はそんなのイヤだから! だから、ちゃんとここで、これをキッカケにしたいの! 菜々ちゃん!」

 私は彼女の手を取って、オバケのキーホルダーを手のひらに乗せる。

「大切なもの。だと思ってくれてるんでしょ? だから埋めたんでしょ? 必要ないものだったら効果が無いからって。大切だと思ってくれてるんでしょ? まだ。私のプレゼント! 私の事!」

 気づけば、目から涙があふれていた。
 もう止められなかった。

「答えてよ菜々ちゃん! 私は今でも菜々ちゃんが大切だよ! ねぇ!」

 お願い……と、私はささやくように言ってうつむく。
 私と菜々ちゃんの靴の間にポタポタと涙が落ちて、地面に丸い模様が出来ていく。

「……ごめんね、レミちゃん」

 菜々ちゃんの声がふるえていた。にぎった手もふるえている。

「私ね、レミちゃんの思うような人間じゃないんだよ……レミちゃんに好かれる資格なんてないの。だって……」

 つぶやくように菜々ちゃんは言った。



「……私はレミちゃんも由美子ちゃんも居なくなればいいって思ってるんだから」



「――――っ!」
 思わず顔を上げて、何かを言おうと思ったけど、私は言葉が出なかった。

 菜々ちゃんは泣いていた。

「私ね……もう、自分がわかんないんだ。レミちゃんの事も大好きなのに……最近、どうしてもウザいなって思っちゃったり、由美子ちゃんも何もしてないのに、ムカついたり……わかんないんだよ。好きなのに、大好きなのに……なん、で」

 菜々ちゃんは「ごめ、なさい……」とつぶやいて、そのまま声を上げて泣いた。
 私も、何も言えず菜々ちゃんの手をにぎったまま泣いた。
 つよく、つよく菜々ちゃんの手をにぎって泣いた。


「――――なるほどな。そういう事だったか」


 不意に届いた声に2人で振り向く。

「ミノル……?」

 そこには真っ黒い羽をバサバサとはためかせながら立つミノルが居た。

「お前ら2人とも最初から呪いに心をやられてたんだよ。心の奥にある負の感情をつつかれてたんだ」

 ま、そういう感情って持ってて普通だからな。とミノルは十字架のネックレスをにぎる。

「とりあえず、レミ。よくやった。その子の感情はちゃんと吐きだせたみたいだ」

 ネックレスを首から外して、ミノルは菜々ちゃんの前に飛んだ。
 ジャンプとかじゃなくて、空を飛んだ。

「み、ミノル先輩……?」

 まさかの出来事に菜々ちゃんは目を大きく見開く。
 ミノルはそのまま彼女の頭に手を乗せた。

「もうちょい信じてもいいんじゃねーか? レミの事。そんで自分の事をよ。お前、自分が思ってるよりイケてると思うぞ?」

 な? と笑ったミノルはいつもの残念イケメンじゃなく正統派なイケメンだった。
 なんて思ってる間に真っ黒な霧が私たちを取り囲む。

「これで見られる心配はない、と。じゃあフタすっから。ジッとしてて」

 ミノルは言うや否や目をつむり、何か呪文を唱えた。
 そして言い終わりにカッと目を開くと菜々ちゃんの頭から黒いモヤが現れた。

「還れ、裏世界へ」

 ミノルが言うと私たちを囲んでいた真っ黒な霧がそのモヤと混ざって空へと飛んで行く。
 って、えぇ!?

「いいの!? アレ、どっか飛んでっちゃったけど!?」

 私が指さした黒い塊は校舎に向かって飛んで行く。

「あれ? おっかしいなぁ。無機物はそのまま裏世界へ飛ばせるんだけどな」

 手を目の上にかざして、見上げたミノルは「ま、いっか」と笑う。

「これでとりあえずあふれた分の呪いの力はこの世界から無くなった。レミ、おまえの呪いもな。全部裏世界で薄められて、そのまま消えるだろ」

「って事は何? あれは裏世界へ向かってるの?」

「そうなるな。思ってたのと違うけどな。俺はてっきりそのままバシュっと消えるもんだと思ってたのに」

 やっぱり鬼門があるんだろーな校舎のどっかに。とミノルは笑う。
 いやいや、気づかないのか?


 あんたが飛ばした黒い塊は……新校舎の3階に飛んでったんだよ?



「……ふぁ」

「あ、ちょっと菜々ちゃん!」

 力が抜けたように倒れこむ菜々ちゃんをとっさに抱える。

「んじゃーなー。俺は学年練習に戻るわ」

「ちょっと! ミノル! あんた、放っておく気?」

「ふざけんな。やることやったろ? あとは好きにしろ」

 言いながら手を振り、ミノルはとっとと去ってしまった。
 やっぱり、あいつは残念イケメンだ。さっきのはマグレ! なにがマグレか意味わかんないけど!

「あー……菜々ちゃん、ちょっと座ろっか」

 とは言え、このままにしておくわけにもいかないので菜々ちゃんと一緒に近くのコンクリートに座る。

「ごめんね……レミちゃん」

「いーって、いーって」

「でも、ミノル先輩……何してたんだろ?」

「ん?」

「え? いや、なんかいつの間にか居て、そのまま帰っちゃったから」

 あ、そーか。奴め。菜々ちゃんになんか術をかけたな?

「まー、でもいっか。なんかすっきりした気分」

 菜々ちゃんはいつもの笑顔になる。私もそれを見て気が抜けてしまった。

「……うん。私もスッキリしてる」

「あのさ……レミちゃん」

「ん?」

「アキラくんの事、好き?」

 ……。

「……んん? んん!?」

 ちょっと待った! いきなりどーした菜々ちゃん!

「ななな、なにを言ってるのいきなり!」

「教えて。聞きたいの。レミちゃんの気持ち。私も言うから」

 あれ? 菜々ちゃん、なんでそんな顔真っ赤なの?

「私はね! 私は……アキラくんが好き」

 って、えー! ウソでしょ? なんであんなノーテンキ君を?

「ちょっと、菜々ちゃんマジ?」

「うん。マジだよ。だから、アキラくんの事好きな由美子ちゃんも居なくなればいいって思った。だって、絶対敵わないじゃん私」

 いや、由美子も? アキラの事好きなの?
 え? なんで、あいつそんなモテてるの?

「……って、ことは菜々ちゃんは、それで私の事も?」

「……ごめん。ぶっちゃけ、そう。だった。でも、今は違うの。レミちゃんにも敵わないけど、だからってレミちゃんの事はキライになんかなれないし、それに何か、勝てなくたって、ちゃんと戦いたいなって思ったから……」

 菜々ちゃんは語尾をゴニョゴニョとにごしたけど、私にはちゃんと聞こえていた。


 ――――友達だから。


 彼女はそう言った。
 だから、私もちゃんと答えなきゃって思ったんだ。
 私も同じ気持ちだから。

「そっか。わかった。じゃあ私の正直な気持ちを言うね」

「……うん」

 菜々ちゃんは決心したようにうなずき、私と真向かう。

「私は……」

 菜々ちゃんがゴクリと唾を飲み込んだのがわかった。
 けど……。


「ぶっちゃけ、よくわかんない」


 ごめん! と私は手を合わせて頭を下げた。

「正直、そうやって考えた事なくて! だから、これを機会にちゃんと考えようと思ってる! 私がアキラをどう思ってるか、だから、ちゃんとわかったら真っ先に菜々ちゃんに言うからさ!」

 それで、いいかな? と恐る恐る顔を上げると、あのフワフワで優しい笑顔が待っていてくれた。

「うふふ! もっちろん!」

 菜々ちゃんは「ありがと!」と手を差し出してくる。
 私も笑ってその手を取った。
 交わされた握手は、少し力がこもっていた。
 もしかしたら、前みたいな関係には戻れないかもしれない。答え次第ではまたモメるかもしれない。
 でも、それでも良いと思えた。
 前より、今の方が私は良いと思った。
 もしかして、親友ってこういうのを言うのかな?
 なんて、考えてたら私はなんだか恥ずかしくなって、照れ隠しに笑った――――。



 ――――……。



「紅組リード! このまま一位でゴールか!」

 放送委員が熱をおびた実況をする。
 運動会本番。
 私たち紅組は緑組と合計点数でトップを争っていた。
 プログラムは後半戦。
 ムカデは結局二位。私の練習不参加はここでも響いた。
 転びはしなかったけど、うまくかみ合わない瞬間が何回もあった。
 でも、みんなそれを気にしてすらいなかった。それがなんだか嬉しかった。
 だから私はここで取り返したい。
 このクラスで勝ちたいって気持ちがどんどん湧いてきてるんだ。
 この学年リレーでなんとしても一位を取るんだ!

「次の走者、入って!」

 呼ばれて、私はレーンの一番内側に並ぶ。
 今、紅組は一位。でもすぐ後ろに青と緑がいる。
 大丈夫、あの日の走りを思い出せ。

「走れ!」

 前の走者が叫ぶと同時に私は走り出す。
 ほとんど一緒に緑と青も走り出した。

「はい!」

 合図で私は左手を後ろへ伸ばし、バトンを……、

「あ!」

 バトンはつかめず、一度親指に当たって、もう一度手のひらに戻ってから私はそれをにぎりしめた。
 しまった。思わずスピードをゆるめてしまった。
 おかげでテイクオーバーゾーンは越えなかったけど、一気に三位になってしまった。

「おーっと! ここへ来て紅組三位に落ちた! しかしまだわからない! 差はほとんどなく青、緑、紅と続いてるぞ!」

 言われなくてもわかってることを実況が叫ぶ。
 私は緑のランナーのすぐ後ろを走っていた。コーナーで抜けるか?
 いや、ダメ。なんか、足が重い。

「レミー! あきらめんな! ここまで来い! 全力で来い!」

 あぁ、やっぱりハッキリ聞こえるなアキラの声。ほんっと良く通る声だ。

「走って!」

 三位のまま、コーナーを曲がり切り、私は叫ぶ。
 アキラは声と同時に前に向き直って走り出した。
 そうだ、アキラは速い。だから、ここから加速するんだ私は!
 最後の力を振り絞って、足を前に出し、手を伸ばす。


 届け……届け! ――――届け!!!



「はい!」

 合図と同時に差し出された左手に私はバトンを置く。
 アキラはそれをさっと受け取って、私の手からバトンをうばっていく。
 そして、そのまま振り向かずに加速していく……はずだった。

「――――あとはまかせろ!」

 なのに、アキラはこっちに振り返って笑った。
 そして、そのまま誰よりも速くレーンを走っていき、緑も青も抜き去る。

「……はっやぁ」

 私はそんなアキラをジッと見つめていた。
 みんなの声援を独り占めにして、誰よりも速く走るアイツの姿を。


「……そっか、そうだったんだ」


 わかったよ、菜々ちゃん。私の気持ち。

「菜々ちゃんにあやまらなきゃな……」
 誰に言うでもなく、私はつぶやく。


 そっか、私。


 アキラのこと、好きなんだ――――。


 ――――……。


「よー! 二位の諸君!」

 運動会の片づけをしていると、聞きなれたイヤミったらしい声が届く。

「お・め・で・と・う・ご・ざ・い・ま・す! 緑組さん」

 なので、せいいっぱいイヤミをこめて言ってやったのに、ミノルは気づきもしない。

「まーな! やっぱりここは実力の差が出ちまうんだよ! な? ヨーコ?」

「……ウザイ」

 となりに並ぶヨーコは無表情で一言。
 なんか、ミノルに対してさらに冷たくなってない?

「あーあ、学年リレー一位だったのになぁ!」

 アキラがくやしすに言うと、ミノルはそれを笑いとばす。

「1年はな? 2年、3年は緑の圧勝だぜ! 見たろ? 俺の走り!」

「……寝てた」

 よ、ヨーコ。あんたも走ってたでしょ……。

「お! お前たち! こっち向いて!」

 かけられた声に私たちは振り向く。

「あ! レミの父さん!」

 アキラが「ども!」と手を挙げると、カメラのレンズ越しにお父さんは手を挙げて応える。来てたんだ、お父さん。

「はい、撮るぞー! はい、チーズ!」

「わぁっ!」

 父さんの有無を言わさぬ合図と同時に私はアキラに肩を組まれ、ミノルの羽が当たり、ヨーコと手をつないだ。

「おー! 良い写真が撮れた! 今度プリントしてみんなにあげるからな!」

 じゃーなー! と父さんは帰っていく。
 なんだったんだ、お父さん……。
 なんとなくみんなで背中を見送っていると、となりで大きなため息をつかれる。

「あーあ、でもこれでイベントもしばらくねーし、またいつもの鬼門探しかぁ」

 アキラはつまらなそうに言った。

「まぁ、今回のも全部ダメだったしな」

「……いつ、帰れるんだろ」

 ミノルもヨーコも小さく、息を吐く。
 でも、私にはその鬼門の場所に心当たりがあった。



「――――多分、帰れるよ。みんな」



 3人の姿を見てたら、なんとなく口にしてしまった。
 みんなの顔がいっせいにこちらへ向く。
 まだ、確定ではないけど、でもかなりイイ線いってる推理だと思う。

「私、なんかわかっちゃった」

 だから、せいいっぱいの笑顔で言った。
 いつかは来る別れ。
 でも、きっとこれが正しい。
 だって、彼らは……、



 ――――この世界に存在しない存在なんだから。










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