ただの道具屋の娘ですが、世界を救った勇者様と同居生活を始めます。~予知夢のお告げにより、勇者様から溺愛されています~

身に余る思い

 ここのところ、ビオレッタは寝不足である。


 すべてラウレルのせいだ。
 ラウレルが、あんなに甘い瞳を寄越すから。

 ラウレルの部屋で二人きりになったあの日。彼は優しい声で「ビオレッタ」と、そう呼んだ。
 しかしそれはあの時見つめ合った一度きり。次の日には、元通りに戻っていた。
 あれは一体なんだったのだろう。



「ビオレッタさん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ラウレル様」

 悶々としながら、今日も何事も無い一日は終わる。
 お互いにおやすみと挨拶を交わし、いつものようにそれぞれの部屋へと別れた。ラウレルと同居を始めてからは、毎晩繰り返されていることだ。

 なのに、この間からビオレッタはどこかおかしい。

 隣の部屋を歩く足音。寝返りのたびにベッドがきしむ音。
 薄い壁は、彼の気配をビオレッタに伝えてくれる。

 夜、こんなにも隣の部屋の物音は耳に響いただろうか。部屋と部屋を隔てる壁がカタンと音を立てるだけで、心臓が早鐘を打つ。

 隣の物音に敏感になっている自分が恥ずかしくて、早く寝てしまおうと試みるけれど……ベッドに寝そべり目を閉じてみれば、砂浜で見たラウレルとの未来が目蓋の裏に浮かび上がってしまう。
 彼と微笑み合い、キスを交わして、子供達を抱きしめる。ラウレルが見たという予知夢と重なる光景だった。

 そんな時は慌てて目を開けて、わざわざその未来を否定する。
 ラウレルは世界にただ一人の勇者だ、自分は崖っぷちの道具屋だ、そんな未来があるわけないと。

(そう……ただの道具屋に過ぎないのに、こんな未来は厚かまし過ぎる……)

 自分で自分を否定して傷付いては、その手に蒼く光る指輪を眺めた。
 月明かりを頼りに、彼の色に似た指輪をそっと撫でて、ラウレルのまっすぐな眼差しを思い出す……

 そのうち胸がぎゅうっと苦しくなって。
 あれこれぐちゃぐちゃと悩んでいると、徐々にカーテンから朝日が透け始め……ビオレッタは寝るのを諦める。
 毎晩がその調子なのだった。  

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