恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜

Spot1 市庁舎

ガラス張りのモダンなビルが立ち並ぶ、ベリが丘市ベリが丘タウンのビジネスエリア。
そのスタイリッシュな街の一角にある小さなビルにフリーマガジン『ベリが丘びより』、通称〝ベリビ〟の編集部がある。

五月のある木曜日、午後三時。

「え! 移転ですか? ……あぁ、お隣の市に……あ! おめでとうございます。あ、ですよね。はい、では詳しいお手続きについてはメールでお送りします。今までありがとうございました」

江田胡桃(えだくるみ)は電話を切ると、「ふぅ」と小さくため息をついた。

「編集長、さくらベーカリーさんが広告の契約を終了したいそうです。市外に移転してしまうらしくて」
「げ、マジかよ」
「あそこのチョコチップメロンパン、おいしかったんですけどね」
「いや、そこじゃないだろ」

胡桃ののんきなひと言に、こんどは編集長の梅島隼人(うめじまはやと)・三十八歳が呆れたようにため息をつく。

「わかってますよ、スポンサーがまた減っちゃったことくらい」
「頭いてー」
梅島が黒縁メガネの上の眉間にシワを寄せる。

「編集長、あんまり悩むとまた白髪が増えますよ! 江田が若くてイケメンな市長をばっちり取材して、読者も広告も増やしてきますから!」
「ああ、今日は市長の日か。よろしくな」

「多分直帰になります」

胡桃は茶色い革製のショルダーバッグと小さなカメラを手に取ると、元気よく編集部を出た。
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