恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
「着物の着方も、お茶の点て方も忘れていないようで安心しました。ただ——」
十玖子が壱世を見据える。

「どこか迷いを感じるお点前でした」

壱世は何も言わずに黙っている。

「もう大人ですから、悩み事にいちいちこちらから口を出すようなことはしませんが、たまには信頼できる誰かに自分から相談なさい」

(悩み事……)
胡桃の脳裏に鹿ノ川の笑顔と舌打ちが浮かぶ。

「それに、お茶でもお花でも、集中すれば見えてくるものもあるのよ。たまにはあなたもおやりなさい」
「ヒマだったらな」
壱世が面倒そうにため息交じりで言って、茶会は終了した。


「壱世さんて、なんでもできちゃうんですね」
着物を脱ぎながら胡桃が十玖子に言った。

「そうね。あの子はお茶もお花も、礼儀作法も、孫たちの中で一番物覚えが良くて優秀だったわね」

十玖子の言葉に、胡桃はレストランでの壱世の美しい所作を思い出して納得する。

「だけど、あの子は何もわかっていないのよ。物事の本質的なことが」
「本質?」

胡桃は十玖子の言葉の意味がわからず首を傾げる。
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