恋愛下手の恋模様

遼子さんは結婚が決まっている。それに対して、補佐はどんな気持ちでそう告げたのだろう。未練?それとも、気持ちに区切りをつけるため?彼の気持ちを、遼子さんは知っていたのだろうか。

これから先、二人の間に何か進展があるとは思えないし、思わない。けれど、補佐への気持ちを自覚したばかりの私は、穏やかではいられなかった。

補佐に想われている遼子さんが羨ましかった。寝言でその名前を口走るくらいなのだ。彼の中で遼子さんの存在はかなり大きいはずだ。彼の目が私を向く日は決して来ないのではないかーーそう思えた。

私は壁に背を預けて、薄暗い天井を見上げた。頭の中に渦巻く色んな思いから目を背けたくて、ギュッと目を閉じる。

早く仕事に戻らなきゃ――そう思ったが、足が動かない。

そんな時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「岡野、いるのか?」

飛び上がりそうになるほど驚いて、私は声の方に顔を向けた。

宍戸が立っていた。

どんな反応をしたらいいか分からず、私は表情のない顔で無言のまま彼を見た。

「なかなか戻ってこないから、様子を見に来たんだ。どうかしたのか」

宍戸はそう言いながら、私の方へ歩いてきた。

今の彼の声は、きっと隣の部屋まで届いたことだろう。そしてその結果、私がここにいるということが知られてしまったに違いない。けれど、だからと言って完全に開き直って、わざとらしく言葉を発する勇気はない。

何も問題がないことを伝えようと、私は平静さを装いながら黙って首を横に振った。それから宍戸を手招きすると、棚の下段を指さして小声で言った。

「これを運んだら、戻るつもりだったの。来てくれてちょうど良かった」

宍戸は私につられたように、不思議そうな顔をして小声で訊ねる。

「声、どうかしたのか」

「な、なんでもない。気にしないで」

私は小声のまま早口で言った。早くここから出なくてはと焦る。

「ね、これ運んでもらってもいい?」

「あぁ、いいけど……」

宍戸は探るような目つきで私を見たが、それ以上何も言わずに箱を軽々と持ち上げた。

「これで最後?」

「えぇ」

「じゃ、戻るか」

「ありがと」

宍戸は訝し気にもう一度私をちらと見たが、黙って台車に箱を積む。

それを押して倉庫を出ようとするのを、私は呼び止めた。

「あ、私が」

「いいよ。もともと手伝うつもりで来たんだ。結局ちょっと運んだだけで終わってしまったから、これくらいは、な」

「ありがとう」

倉庫を出た私は、背中で自動扉が閉まる音を聞いて、ようやく緊張が解けた。ほっとした顔で、宍戸に改めて礼を言う。手伝うつもりで来た――そう言っていたことを思い出したのだ。

「手伝いにきてくれて、ありがとね」

宍戸は苦笑した。

「全然手伝いにならなかったけどな」

「そんなことないわよ。お礼は缶コーヒーでもいい?」

「無糖な」

私はくすっと笑い声をこぼした。

それを見て、宍戸はにっと笑う。

「やっと戻ったな」

「何が?」

私は宍戸の横顔を見上げた。

しかし彼はただふっと笑っただけだった。

もしかして、と思う。私の様子から、この同期は何かを察したのだろうか、と。

宍戸が押す台車のきしむ音を聞きながら、廊下を戻る。

私は気が重かった。補佐に会うことはまずほとんどないだろうから、それはまぁいいとして、問題は遼子さんだ。この後も席が隣だから、当然会う。その時私はどんな顔をしていればいいのだろう。
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