恋愛下手の恋模様
3.会議の日

給湯室で


遼子さんと食事をし、ひとまずは誤解を解いたその翌朝、私はいつもよりも早く会社に着いた。出社している社員の数がまだ少ないからだろう、この時間帯の職場は静かだ。

昨夜はベッドに入ってもなかなか寝付けず、おかげで少々寝不足気味だった。遼子さんが会話の後半にちらと口にしたこと――二人がうまくいったらいいな――あの言葉が耳に残っていたせいだ。

ともすればその言葉が蘇ってきそうだ。私は気分を変えるためにコーヒーでも淹れようと、給湯室へ向かった。

今朝の分のコーヒーは、まだ出来ていなかった。特に当番が決まっているわけではなく、コーヒーがないことに気づいた人がその都度作ることになっている。今朝は、私がここに一番に足を踏み入れたらしい。

コーヒーメーカーをセットすると、私は手際よく準備する。しばらくすると、芳ばしい香りが漂い出す。

「いい匂い……」

鼻先をくすぐる香りに思わずひとりごとが洩れた時、背後に人の気配を感じた。誰だろうと何気なく振り向いて、途端に私の心臓は痛いくらいにドクンと高鳴った。

山中補佐……。

一気に緊張し首筋の辺りが強張った。喉の辺りに言葉が張り付きそうになったが、なんとか振り絞りようにして、私は声を発した。

「おはようございます……」

爽やかな朝には似つかわしくない、ぎこちない挨拶だったと思う。

どういう顔で、どういう風に接すればいいのか分からなかった。それも仕方がないと思う。補佐の顔をまともに見るのはファミレスでのランチ以来だったし、昨日の一件もあった。だから、こんな閉鎖的な空間で緊張しないで向き合うなど、無理に決まっていた。

私がここにいることを、補佐も予想していなかったのだろう。彼は私を見るとあっというような顔をして、給湯室の入り口手前で足を止めた。しかしその一瞬の後、彼は穏やかな表情を見せた。

「おはよう。ずいぶん早いね。俺にもコーヒーをもらえるかな?」

「は、はい、もちろんです。今、お淹れします」

「いや、自分でやるから大丈夫だよ」

「いえ、ここは私が」

私は補佐の申し出を遮るように軽く会釈すると、くるりと背を向けた。湯気のたつコーヒーカップを彼に手渡しながら、私は緊張する。昨日のことが話題に出てきやしないかとひやひやした。そのおかげで、額際には変な汗がにじみ出てきている。

「ありがとう」

補佐はカップを受け取り、礼を言った。

「いえ」

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