恋愛下手の恋模様
4.ふたりで
引き留められて
通りに出たところで補佐は足を止めると、申し訳なさそうな顔で私を見た。
「お酒、無理に勧めてしまったのかな。ごめん……」
私は慌てて大きく手を振った。
「飲んだのは自分の意志ですから。気になさらないで下さい」
「でも、やっぱりごめんね。タクシーを拾おう。せめて家まで送らせてください」
「いえ、そんな……」
私は遠慮した。胸の中では鼓動の高鳴りがまだ収まらないのに、この上またしても狭い空間で隣り合って座るだなんて、きっと私の心臓はもたない。
「お時間を取らせてしまうのは申し訳ありませんし、私なら本当に、もう大丈夫ですので」
しかし補佐は、やんわりと私の言葉を遮った。身をかがめると、私の目を覗き込む。
「俺が心配なの。一人で帰して何かあったら、大変だろ。だから、ここは折れて。ね?」
彼の優しい言葉と声が、私の耳を甘ったるくくすぐる。まるで麻痺したように、頭の中が一瞬真っ白になった。
親切心からの申し出だ。自分に都合がいいような展開を、間違っても期待しちゃいけない。第一、こんな地方都市の片隅で、何かなんてことが起こるわけないんだから――。
私はなんとか冷静さを取り戻すと、自分にそう言い聞かせた。
本当に大丈夫ですから――。
重ねてそう告げようとした私よりも早く、補佐が口を開く。くすっと思い出し笑いを浮かべている。
「そう言えば、あの時もこんな感じのやりとりをしたね」
「あ……」
出かかった言葉を飲み込んで、私もまた補佐が言う「あの時」のことを思い出した。
「そういえば、そうでしたね……」
私は複雑な気持ちで微笑んだ。
初めて補佐に会うことになった懇親会の夜、タクシーで一緒に帰ることになった私たち。不調を訴える彼を、やむを得ず部屋へ上げることになったわけだが、偶然聞いてしまった彼の寝言が、あの時からずっと私の心の中に棘のように残っていた。その感情が「嫉妬」なのだと、今の私は知っている。そんな生々しい感情を抱いていることを、彼に知られたくない。一緒にいる時間が長くなればなるほど、その気持ちが漏れてしまうかもしれないと思うと、これ以上近くにいるのが怖かった。
そんなことを思う私の前で、彼はその時のことを悔やむように言った。
「あの日、送るつもりでいた俺の方が、岡野さんに迷惑をかけてしまったんだよな」
「私は迷惑だったなんて思っていません。だからもう、気になさらないでください」
「ありがとう。でも、自分の失態が許せないというか、忘れたくてもなかなかできなくて。あんなことは本当に初めてだったんだ。でも今日は大丈夫。それに……これからだって気を付けるから」
「これから……?」
そこに深い意味はないと分かっていたが、私はつい彼の言葉を繰り返した。
まるで念を押すかのように、彼もまた繰り返す。
「そう、これからもね」
私は戸惑い心が揺れた。
「岡野さんは、俺といるのはやっぱり緊張する?」
補佐は目元を緩めてためらいがちに言った。