恋愛下手の恋模様
ほんの少しだけ答えに迷ったが、結局私は正直に言った。
「緊張します」
補佐は苦笑いを浮かべた。
「即答か」
そのまま気まずい雰囲気になりたくなくて、私は急いで言葉を探す。
「でもそれは、私自身の問題でして……」
本当の理由――彼に心を寄せていることは言えない。私はこうも付け加えた。
「補佐と私とでは立場が全然違いますから……」
「立場?」
「補佐はエリートで、私はこの前入社したばかりの新人です。本当なら、そんな方とこんな風にご一緒できるような立場ではないという意味です」
補佐の顔に苦笑が広がった。
「岡野さんは、俺のこと買い被りすぎてる」
その声音の中に不満そうな響きを感じ、私は目をそらした。
「買い被りではありません。補佐のお仕事ぶりは社の誰もが認めていますし、取引先の方々からの信頼も篤いと聞きます。そういう話を聞く度に、私とは別次元の方なんだと改めて思うんです。だから、緊張しない方がおかしいです」
「それなら、初めて食事した時も?今みたいに緊張していた?」
「はい」
私は頷いた。けれど本当は今日ほどではなく、あの日の緊張の種類はちょっと違っていた。あの時はまだ補佐のことは「気になっている」程度で、「恋心」は生まれていなかったから。
補佐は大きなため息をつく。
「俺は普通のサラリーマンで、仕事するくらいしか能のないつまらない人間なんだけど」
「そんなことありません。補佐が普通だったら、私はそれ以下ということになってしまいます。それに……私は補佐とお話しするのをつまらないなんて思ったことはありません。それどころか楽しくて……」
「それなら……もう少し気楽に接してくれたら嬉しいんだけど」
「気楽に、ですか……」
「そう。難しくないでしょ」
難しい――そう答えようと思った。けれど、私の返事を待つ補佐の顔を見たら、ここは頷いた方いいと思ってしまった。
「……努力は、してみます」
補佐が嬉しそうに笑う。
「うん、ぜひよろしく。今、会社の人の中で自然に話せるのは岡野さんくらいなんだ。だから正直に言うと、岡野さんが俺に対して壁を作っているようなところ、少し寂しく感じてる」
「えっ……」
私はどきりととした。補佐の言葉の一つ一つに私の心は揺さぶられる。今の「寂しい」もどんな意味なのかと真意を知りたくなってしまう。けれどそれは補佐が酔っているからだと結論づけて、深く考えないようにした。きっとその方が賢明だから。
「酔っていらっしゃいますよね」
「そうかもね」
補佐は素直にそれを認めて、くすっと笑った。
「でも、この前みたいなことにはならないから大丈夫。でも、どうしてだろう……。岡野さんといると、気が緩んでしまう」
それを聞いて、私の鼓動は再び早くなる。
「補佐はどうして……」
私を翻弄するようなことばかり言うのですか――。
直接彼にそうぶつけたくなるのを、私は飲み込んだ。
このまま補佐と一緒にいたら、勘違いをしてしまう。そうなる前に、早く帰った方がいいと私は判断する。
「補佐、帰りましょう。タクシーを拾います」
私は補佐の返事を待たずに、通りを流して走るタクシーをつかまえるために彼から顔をそらした。