恋愛下手の恋模様
公園で
その公園は大通りから少し入った所にあった。
この一角には飲食店がさほど多くないからか、あるいは店の中でちょうど盛り上がっている時間帯だからか、通りを歩く人の姿はなく静かだった。
「あそこに座ろうか」
補佐は公園の片隅に置かれたベンチを指し示した。
上司よりも先に座るなんてと躊躇したが、補佐に強く促され、私は大人しく従った。
「失礼します」
「うん。……ちょっと待ってて」
補佐はそう言うと、公園側の自動販売機まで行き、ペットボトルの水を2本手にして戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
私は差し出された1本を受け取った。
それを見届けて、補佐は私から少し離れてベンチの端に腰を下ろす。
「今さらだけど、水で大丈夫だったかな」
「はい、大丈夫です」
「なら、よかった」
水銀灯の灯りの下、補佐がにこりと笑うのが見えて、どきどきする。私はその鼓動と動揺を隠すように、ペットボトルのキャップに指をかけた。
「いただきます」
ボトルに口をつけて、冷えた水をこくりと飲み込んだ。おかげで気持ちは少し落ち着いた。ところが今度は、二人きりのこの状況にそわそわし始めた。
私たちの間にあった沈黙を破ったのは補佐だった。彼は夜空を仰ぎ見ると、感慨深げな口調で言った。
「今夜の月は綺麗だね」
「……本当ですね」
彼につられて見上げた月が煌々と輝いていて、私はうっとりとした。満月まではあとどれくらいなのだろう。
「いつも以上にきれいに見えますね」
そう言う私に彼の声が応える。
「満月は、いつなんだろうね」
補佐も私と同じようなことを思っていたんだ――。
そう思ったら嬉しくなった。これからも同じ光景を見て、共感できる時間を、もっとたくさん持てたらどんなにいいだろう――そんなことを想像した。けれど、そんなのは甘ったるい妄想にすぎないと、私はすぐに頭の中から追い払った。彼の心の中には他の人がいて、私が入り込める隙はないのだからと自分に言い聞かせた。一緒にいればいるほど、彼に惹かれることになるだろうと予想したのは私自身だ。こうなると分かってはいたけれど、それでもやっぱり胸が苦しくなるのは止められない。ため息が口をついて出てしまった。
それは補佐の耳にも届いた。
「どうかした?」
何を思っていたか悟られたくない。私は首を横に振った。
「いえ、なんでもありません」
私は再び夜空を見上げると、わざと明るい声で言った。
「それにしても、今夜は本当にお月見日和ですね」
そうだね――。
そんな言葉が返ってくるだろうと予想していた。けれど補佐は静かな声で私に訊ねた。
「何を考えていたの?」
私は無言でそのまま自分の手元に目を落とした。
しかし補佐は私の言葉を待つように、じっとこちらを見つめている。
本当の事は言えない。適当な理由もすぐには思い浮かばない。困った私はさらに口をつぐみ、うつむいた。