恋愛下手の恋模様
「失礼しました」
私は補佐に軽く頭を下げた。
「もういいの?早かったみたいだけど」
「はい。特に急用ではなかったようで」
そう言いながら、私は補佐から離れてベンチの端に腰を下ろす。
「なんの用だったのかも分からないような電話でした」
「そうなんだ。友達?」
「いいえ、それが……宍戸からでした。なんだかいつもと様子が違っていて、いったい何だったのか……」
「宍戸?」
補佐の眉が微かに上がったような気がした。けれどそれは私の見間違いだったのか。穏やかな表情のまま、彼は思い出したように言った。
「岡野さんと宍戸は同期だったね。その中でも、君たちは特に仲が良さそうだ」
「それはどうでしょう」
私は眉根を寄せた。
「私たちが特別というわけではなく、同期たちは皆んな仲がいいと思いますけど」
「そうかな」
補佐の口元に意味ありげな笑みが浮かんだ。
「その中でも、宍戸は岡野さんに、特別気を許しているように思えるんだけどな」
宍戸となんだかんだと言い合っている場面を、補佐は何度か見ている。だからそんなことを言うのだろう。そう思った私は即座に否定した。
「それは違うと思います。宍戸は私をからかっているだけです。何かと絡んでくるんですもの」
「本当は苦手?」
「そんなことはありませんが……。たまにちょっと鬱陶しいな、と思うことはあるかも。でも私も言い返したりして、ちょうどいいストレス発散にはなるというか……」
「なるほど」
何かを納得したように頷くと、補佐はこんなことを言う。
「岡野さんは、もう少し自分のことを知った方がいいと思うよ」
「どういう意味ですか?」
その言葉の意味が分からず私は訊ね返したが、補佐は曖昧に笑っただけだった。それからすっと立ち上がると手を差し出した。
「帰ろうか」
「あ、あの……」
私は補佐の手を取ることを躊躇した。
そのことに気づかなかったはずはないのに、彼は自ら手を伸ばすとそっと私の手を取った。
「送るよ」
心拍数が一気に跳ね上がった。けれど抵抗する暇もなく、私は彼の手に誘われてベンチから立ち上がった。ふらふらと立ち上がってしまったせいだろう。その時、足元のバランスを崩して、勢い余った私は補佐の胸元に衝突しそうになった。
「おっと!」
「すみません!」
あぁ、今夜二度目の失態だ――。
自分のそそっかしさを恥ずかしく思いながら、私は補佐から慌てて体を離す。その時、耳が小さな彼の声を拾った。
「なんだかもやもやするな」
その言葉が気になり、私は補佐の顔を見上げた。彼はただ微笑んでいるだけだった。
「タクシー拾おう」
彼のつぶやきの意味をそれ以上問う勇気はなく、私は黙って頷いた。