恋愛下手の恋模様

誘い

翌朝、私はまたも早く会社に到着してしまった。昨日も昨日で色々なことがあったために眠りが浅く、早々に布団から抜け出したのだ。

私は昨夜の電話のことを思い出して宍戸の姿を探した。が、彼の姿は見当たらなかった。ホワイトボードの彼の予定表が空欄になっているところを見ると、まだ出社していないのかもしれない。

一方の山中補佐は、すでに外出しているようだった。彼の予定表は、今日もびっしりと行き先が書き込まれている。

今日は会えないみたいだなーー。

残念に思いながら私は廊下に出た。きりっと冷たいお茶が飲みたくなって、何台かの自動販売機が並ぶ休憩スペースへと向かう。

時間が早いから誰もいないだろう。そう思いつつ入って行くと、明るい窓辺に立つ先客の姿があった。背中を向けているせいで、誰なのかは分からない。しかしここで休憩しているのなら、社内の人間だろう。私はその誰かに向かって挨拶をした。

「おはようございます」

私の声に振り返ったのは宍戸だった。彼は私の姿を認めると、戸惑った様子を見せた。

怪訝に思いながら、私は改めて声をかける。

「来てたのね。おはよう」

「お、おう。早いな」

「なんだか早く目が覚めてしまったから」

「そう」

宍戸が珍しく、無愛想な顔をしているのが気になった。だが、飲み会の翌朝だからだろうと勝手に解釈する。私は目当ての冷たいお茶を買うと、彼から少し離れた場所に立って窓の外に目をやった。爽やかな青空がずっと向こうの山際まで広がっていて、気持ちがいい。

お茶を一口飲んで喉を湿らせると、私は昨夜のことを彼に訊ねた。

「ねぇ、夕べの電話は何の用だったの？」

「え、あ、あぁ」

宍戸はうろたえたように言葉を詰まらせた。それからぷいっと私に背を向けた。

「もう戻るの？」

私は腕時計に目を落とした。

「いや、えぇと」

「なに？」

どうも昨夜からおかしい。いつもの宍戸じゃない。

私は彼の前に回り込むと、探るようにじっと彼の目を覗き込んだ。

彼はそんな私から体を引いて顔を背ける。

「いったい何なの？」

呆れ顔の私を前に、宍戸はようやく諦めたようにため息を一つつくと、ぶっきらぼうに言った。

「今度の週末とかって、何か予定ある？」

「え、どうしたの、急に」

それまでの宍戸の態度と今のセリフが一致しなくて、私はきょとんとした。

「いや、だから、映画のチケットもらったから。岡野が暇ならどうかと思って」

「映画？えっと、私と？」

「岡野を前にしていながら、他の誰かを誘うわけないだろ」

宍戸は無愛想さに輪をかけたような顔でそう云った。

「え、と、それは分かったんだけど…」

私は反応に困って目を泳がせた。