恋愛下手の恋模様
8.約束の日

待ち合わせて


仕事をやっと終えて、パソコンの電源を落としながら、私はため息をついた。

お互いの都合が合ったのが、チケットの期限ぎりぎりの今夜。ついに山中補佐と約束を取り付けることができたのに、残業になってしまった。

部屋全体を見回しながら、私は補佐の席を確かめた。彼はまだ戻ってきていないようだった。

スケジュール表を見ると、帰社予定時刻は大幅に過ぎていた。しかし、訪問先はそれほど遠い所ではなさそうだ。会社に連絡は入っていないようだから、何か問題が発生したために遅れているわけではなさそうだ。

今夜のことをどうするかは、後で補佐に連絡を入れてみよう――。

そう考えながら、私は自分の机の上を片づける。上司たちに挨拶をすると、ロッカールームへと向かった。

その途中、手にしていた携帯が震えた。

画面を見ると、補佐からメッセージが届いていた。そこには、会社に着くまではあと一時間ほどかかりそうだとあった。

それくらい待てる、と思った。けれど補佐はどうだろうと考える。疲れているかもしれない。今日はやっぱり早く帰りたいと思っているかもしれない。今夜の約束は取りやめにした方がいいのだろうかと迷いながら、私は返信した。

ーー 今日のお約束は日を改めましょうか?

自分の気持ちに決着をつけるための機会が、また先に延びることになるかもしれない。そう思うと、少ししんどい。けれど、日を改めてという表現を使った自分を誉めてあげたいと思う。

補佐からの返信は早かった。そうしてほしいという返事に違いないと思いながら、メッセージを開く。仕方がないと諦めながら文字を拾い始めた私だったが、すぐに目の動きを止めた。

―― 映画は無理だけど、もし岡野さんさえ良ければ食事しませんか。店は任せるよ。

私は声には出さずにその文面をゆっくりと読み返した。

会ってもらえるんだ――。

ほっとした。けれど一方で、緊張感がみぞおちの辺りからじわじわと広がり出し、落ち着かない気分になった。

―― ありがとうございます。お店が決まり次第連絡します。帰路どうぞお気をつけて。お待ちしています。

メッセージを送ってしまってから、私は少しだけ後悔する。まるで業務連絡のような、事務的な書き方になってしまった。

もう少し可愛げのある言い回しにすればよかったーー。

そんなことを思っていると、補佐からメッセージが返ってきた。

― 了解。

今夜は補佐の気持ちを確かめたいと思っている。きっと私は再び、勇気を振り絞ることになるだろう。だから、補佐に会えることを喜んでばかりもいられないのだが、やっぱり嬉しいものは嬉しいのだ。顔全体が緩みそうになって、引き締めるのが難しい。

彼が戻ってくるまでの約一時間。帰る準備をして、お店を探して……などとやっているうちに、すぐに時間がたってしまいそうだ。私は慌ただしくロッカールームへと急いだ。
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