恋愛下手の恋模様
私は降りる準備をしようと体を起こす。その時、急に右肩に重みを感じて戸惑った。

ゆっくりと首を回すと、そこには山中補佐の顔があった。目を閉じたまま、私の肩にもたれかかっている。

その柔らかな髪に頬を撫でられて、胸の内がどきどきと騒ぎ出した。

「あの、大丈夫ですか?」

私は小声で彼に呼びかけた。

「すまない。揺れたらちょっと気分が……」

補佐は眉間の辺りを抑えながら、ゆるゆると体を起こした。

具合が悪いのだろうか――。

「あの、もう少しでうちに着きますから、休んで行って下さい」

そう申し出てから、私ははっとした。補佐とは今日会ったばかりだ。そんな異性を部屋に入れるのは、まずい気がする。しかし、このままの状態で帰すのは心配だ。

補佐は、私の葛藤のようなものをすぐに察したようだった。

「さすがにそれは……。ここから家まではそんなに遠くないから、このまま帰るよ。心配してくれてありがとう」

弱々しい声に、私は眉根を寄せた。

「全然大丈夫には見えませんが……」

これは緊急事態だ。補佐は会社の人で、立場もある人だし、そもそも一介の新人事務員とどうこうなるわけがないのだ。疑うような失礼なことを考えてしまうとは、自意識過剰もいいところだ――。

私は自分自身に苦笑した。

「ひとまずうちで休んでください。その後少し落ち着いたら、タクシー呼びましょう。ほら、もう着きましたし」

抵抗する元気もないのか、補佐は大人しく頷いた。

「迷惑かけてすまない」

「気になさらないで下さい」

先にタクシーを降りた私は、その長身を支えるように補佐の腕を取ると、自分の部屋へと向かった。
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