恋愛下手の恋模様
補佐の言葉を疑うわけではないけれど、この甘い展開に不安な気持ちになってしまいそうだ。
ひと晩寝たら実はすべて夢だった――なんてことは、ないわよね?
けれど。
私を見つめる補佐の眼差しと、私の唇をなぞる彼の指先の感触が、これが夢でも嘘でもなく、現実なのだと私に教えてくれていた。
「ええっと、失礼いたします」
少し離れた所から、突然、咳払いと声がした。
はっとして、私は補佐からぱっと離れた。
築山さんが立っていた。
まさか、見られてた――?
「なんだよ」
やや不機嫌そうな補佐の声が聞こえる。
「だってさ~、なんか気になって」
築山さんは悪びれることなく、にこにこと満面の笑みをたたえている。
「用があったら呼ぶって言っておいただろ」
苦々しい様子の補佐にも動じず、彼は笑みを崩さない。
「そうだったんだけどね。みなみちゃん、さすがにおなかが減ったんじゃないかな~と思ってさ」
そうだった――。
ここに来てからは、緊張していたこともあって、食べながら待っていようという気分にならなかったのだ。
築山さんは料理が乗ったお皿と、取り皿やスプーン、フォークを並べた。
「ありがとうございます」
私はおずおずと補佐の後ろから顔を出し、頭を下げた。
「それから、あの、その節は大変お世話になりました……」
「と、いうことはーー」
築山さんは私ににこっと笑いかけ、片目を瞑ってみせた。
「あとでお祝いにデザート出してあげるからね」
「お、お祝い……」
赤面する私を見て目元を緩め、それから築山さんは補佐に笑顔を向けた。
「匠、良かったな」
補佐は築山さんのテンションの高さに若干引き気味だったが、今は照れ臭いような顔で親友を見上げている。
「色々心配かけたな」
「おう。……あ、邪魔者は今消えるから。あとは二人でごゆっくり」
そう言ってカウンターの方へ戻ろうとした築山さんだったが、つと足を止めて私を見た。
「みなみちゃん、この前さ、言い忘れてたことがあったんだ」
「なんでしょう?」
「匠はね、こう見えてなかなか熱い心の持ち主なんだ」
「はぁ……」
「だから気をつけてね」
「気をつける?」
「そ、溶かされないように」
「え?」
「慎也、もうあっちに行ってろって」
「はいはい、お邪魔しました。用があったら呼んでね」
陽気に言って背中を向けた築山さんを見送って、補佐は深々とため息をついた。
「はぁ……」
「あの、今の……」
「慎也の戯れ言です。気にしないで。ほんとにあいつは賑やかなやつで……ごめんね」
「築山さん、補佐のことが大好きなんですね」
「その言い方はちょっと……」
と苦笑を浮かべ、それからしみじみとつぶやくように言った。
「あいつには本当に心配かけたからね」
「補佐を想う気持ちが、ひしひしと伝わってきますよ」
私はふふっと笑った。
補佐の顔に、驚いたような、安心したような、嬉しいような、様々な感情が入り混じった複雑な表情が浮かぶ。その理由は、すぐに分かった。
「俺の前で、初めて自然に笑ってくれたような気がする」
「それは、だって……」
やっと、補佐の気持ちが分かったから。
分かっているよーー。
そう言いたげに頷いて、補佐は手を伸ばして私の頬に触れた。
「岡野さん。これから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
私は補佐の手に自分の手をそっと重ねた。どきどきしながらその指をきゅっと握ると、真っすぐに彼を見つめた。
その時私が浮かべた笑顔はきっと、彼を好きになってから今までの中でいちばんの笑顔だったに違いない。