Runaway Love
 いつも通り、定時に仕事を終えるはずだったのに、営業から山のような領収証が届き、あたしは半分キレながら処理を済ませる。
 基本、領収証の始末はあたしの役目だから、仕方ないのだけれど。
 それを持って来たのが、早川だと言う事が、更に腹立たしいのだ。
 ようやく、入力処理を終え、一枚ずつチェックを済ませて、後は明日。
 金庫の鍵は、部長が管理しているので、もう帰ってしまった今、現金は動かせない。
 ひとまず、未処理のファイルボックスに束を入れて、あたしは部屋を出た。
「悪かったな、帰る寸前に」
 すると、目の前に、早川が帰り支度をして待っていた。
「――そう思うなら、明日にしてくれない」
「部長が、中締めに間に合うように、今日中に持って行ってくれって聞かないんだよ。……ホラ、一回、お前がブチ切れた事があってから、ビビッてさ」
 そう言われ、あたしは眉を寄せた。
「あれは、ひと月以上も領収証やら、レシートやら、放ったらかしにしてたからでしょ。後始末はウチなのよ」
 あまりにヒドかったので、部長経由で何回かは言ってもらったのだ。
 けれど、それ以降も続き、更に決算期にまで、同じようにやられてしまったので、ついに堪忍袋の緒が切れたのだ。

 ――これ以上、こちらに負担をかけるおつもりなら、社長に直談判に行きますから!!

 そう言って、営業部に怒鳴り込んだのは、去年の事だ。

 それ以降、どうにか月締めには間に合うように、提出してくれるようになったのだ。
「あの時の部長の顔は、みんな、いまだに語り草だからな」
「――うるさいわね。悪いのはそっちなのに」
「ハイハイ。――まあ、だから、間に合うように頑張って持って来てるだろ」
「……ていうか、オンラインで処理できないの?」
 他の会社じゃ、もう、その都度データ送信にしているところだってあるのに。
「まあ、下手にデカイ会社だと、それなりにかかるしな」
「――社長に進言してって、ついでに、ウチの部長にお願いしておけば良かった」
 あたしは、そうボヤくと、エレベーターのボタンを押す。
「いずれ、なるんじゃねぇのか」
「そうだと良いんだけどね」
 すぐに到着音が鳴り響き、目の前のドアがゆっくり開く。
 あたしが乗り込むと、早川も一緒に入って来た。
「もう帰るんだろ。メシでも行かねぇ?」
「――帰らせて」
 何で、アンタなんかと、ご飯に行かなきゃならないのよ。
 イラついてしまうけれど、面倒になるのはごめんだ。
 淡々と答えると、早川はあたしをのぞき込んだ。
 コイツとの身長差は仕方ないにしても、あんまり見上げたくないのが本音だ。
 それに気づいているのか、早川は、よく、こうやってあたしをのぞき込むように見てくるのだ。
「妙にイラついてるな。何かあったのか?」
「――別に」
 あたしは、視線をそらし、それだけ言うと口を閉ざす。

 ――あの事(・・・)は、今も現在進行形であたしの中でグルグル回っているのだ。

 エレベーターの到着音が響き、ゆっくりと開くドアを待ち切れず、手で開けてそのままロッカー室の方へ歩き出す。
「お疲れ様でした」
 あたしは、早川にそれだけ言い捨て、振り返らずに歩く。
 何かを言われたような気がするけれど、完全にスルーだ。
 そして、荷物を持って、正面玄関から出て階段を下りる。
 正門前に、早川が待っていたので、あたしは裏口から出ようかと思ったが――視界に入った人物に、固まってしまった。

「あ、お疲れ様です、茉奈さん!!」

 ――岡くんが、目の前のガードレールから立ち上がって、あたしに向かって手をブンブン振ってきたのだ。
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