Runaway Love
それから、付き添うと粘る早川を振り切り、一人でタクシーで近くの総合病院に向かった。
野口くんは、仕事帰りに迎えに来ると言っていたけれど、たぶん、その前に診察は終わるだろうから、断った。
「――お大事に」
痛み止めと化膿止めの薬を手渡され、あたしは頭を下げて、病院を出た。
タクシーは先に手配していたので、そのまま正面入り口を出ると、ちょうど待機していたので、乗り込んで帰宅する。
アパートに到着すると、時刻は五時を回っていた。
けれど、いつもなら仕事の時間。
不思議な感覚に戸惑うが、ひとまず、部屋に入り、そのまま座り込んだ。
――……人を好きになるって、怖い。
そう、思えてしまった。
岩泉さんだって、最初は、普通の女性だったはず。
早川は、特に、おかしな事は無かったと言っていたんだから。
――自分が自分でなくなるような恋愛。
そう聞くと、何だか聞こえは良いような気はするけれど、実際はどうだ。
今まで積み上げてきたものを、台無しにしてまで守りたいようなものなのか。
――あたしは、絶対に、そんな風には、ならない。
少し痛む頬をさすりながら、あたしは心を決める。
これから先、どんな事があっても――誰かに心が揺らいでも――あたしは、あたしでいるために、恋愛なんか、しないんだ――……。
病院で打たれた痛み止めの注射は、まだ効いているらしく、普段よりもゆっくり動けば、そう支障は無かった。
あたしは、着替えに立ち上がると、部屋のチャイムが鳴り響く。
チラリと時計を見やれば、六時前。
ゆっくり歩いて、玄関のドアスコープをのぞき――慌ててドアを開けた。
「は、早川」
「――病院、どうだった」
あたしは、青くなって、ドアの向こうに見える道路を見た。
こんなトコ、見られたら――……。
だが、早川は持っていた袋をあたしに渡し、苦笑いで振り返る。
「気にするな。――……見舞いくらい、来て当然だろ。……すぐに帰る」
「え、ええ……。でも、まだ就業時間でしょ」
「この後、一軒回るから、ついでだ。車もそこに停めてある」
あたしは、うなづくと渡された袋の中をのぞき込む。
中には、携帯食やスポーツドリンクなどが見えた。
「殴られたみたいだが、口の中、切れてないか」
「――……たぶん。でも、痛み止めのおかげで、よくわからないわ」
「そうか――……」
視線を落とす早川は、いつもの覇気が全く無い。
相当、落ち込んでいるように見えてしまい、あたしは右手で早川の腕をたたく。
「……す、杉崎?」
「――何、いつまでも落ち込んでんのよ、アンタらしくない。もう、起こった事は、どうしようもないじゃない」
「けどな……」
あたしは、早川をジロリと見上げる。
「あたしに悪いって言うなら――仕事で挽回しなさい。これ以上ないくらい、頑張って――胸張って、会いに来なさいよ」
早川は、目を丸くして、あたしを見下ろす。
そして、口元を上げた。
「――……わかった。じゃあ、お大事に、な」
「――……ええ、じゃあね……お見舞い、ありがと。助かった」
あたしは、袋を軽く持ち上げ、早川に言った。
助かるは助かるのだ。
今、この状態で、買い物に行けるはずもない。
すると、ドアを閉めようとした早川は、思い出したように言った。
「そうだ、領収証の件、山本さんが明日なら来られるって事だから――」
「わかった。じゃあ、明日、準備しておくから」
あたしが、そう言うと、早川はギョッとする。
「お、おい!休めよ、バカか!」
「休める訳ないでしょ。幸い、そんなに深い傷じゃなかったし、薬だってもらったんだから」
「だからって……」
渋る早川を、あたしは真っ直ぐに見上げる。
「――こんなので休んだら、また、良いように言われるじゃない」
「杉崎」
「悪いけど、あたしは、負けてられないのよ」
この先も、一人で生きていく為に――。
早川は、呆気にとられたが、すぐに気を取り直す。
「――……なら、何かあったら言ってくれ。絶対に、力になるから」
力を込めて言った言葉に、疑う余地は無い。
こういう時、コイツは適当な事など言わないのは、会社に入った時から知っている。
「――……わかった。……ありがとう」
早川はうなづくと、今度こそ、部屋を後にした。
野口くんは、仕事帰りに迎えに来ると言っていたけれど、たぶん、その前に診察は終わるだろうから、断った。
「――お大事に」
痛み止めと化膿止めの薬を手渡され、あたしは頭を下げて、病院を出た。
タクシーは先に手配していたので、そのまま正面入り口を出ると、ちょうど待機していたので、乗り込んで帰宅する。
アパートに到着すると、時刻は五時を回っていた。
けれど、いつもなら仕事の時間。
不思議な感覚に戸惑うが、ひとまず、部屋に入り、そのまま座り込んだ。
――……人を好きになるって、怖い。
そう、思えてしまった。
岩泉さんだって、最初は、普通の女性だったはず。
早川は、特に、おかしな事は無かったと言っていたんだから。
――自分が自分でなくなるような恋愛。
そう聞くと、何だか聞こえは良いような気はするけれど、実際はどうだ。
今まで積み上げてきたものを、台無しにしてまで守りたいようなものなのか。
――あたしは、絶対に、そんな風には、ならない。
少し痛む頬をさすりながら、あたしは心を決める。
これから先、どんな事があっても――誰かに心が揺らいでも――あたしは、あたしでいるために、恋愛なんか、しないんだ――……。
病院で打たれた痛み止めの注射は、まだ効いているらしく、普段よりもゆっくり動けば、そう支障は無かった。
あたしは、着替えに立ち上がると、部屋のチャイムが鳴り響く。
チラリと時計を見やれば、六時前。
ゆっくり歩いて、玄関のドアスコープをのぞき――慌ててドアを開けた。
「は、早川」
「――病院、どうだった」
あたしは、青くなって、ドアの向こうに見える道路を見た。
こんなトコ、見られたら――……。
だが、早川は持っていた袋をあたしに渡し、苦笑いで振り返る。
「気にするな。――……見舞いくらい、来て当然だろ。……すぐに帰る」
「え、ええ……。でも、まだ就業時間でしょ」
「この後、一軒回るから、ついでだ。車もそこに停めてある」
あたしは、うなづくと渡された袋の中をのぞき込む。
中には、携帯食やスポーツドリンクなどが見えた。
「殴られたみたいだが、口の中、切れてないか」
「――……たぶん。でも、痛み止めのおかげで、よくわからないわ」
「そうか――……」
視線を落とす早川は、いつもの覇気が全く無い。
相当、落ち込んでいるように見えてしまい、あたしは右手で早川の腕をたたく。
「……す、杉崎?」
「――何、いつまでも落ち込んでんのよ、アンタらしくない。もう、起こった事は、どうしようもないじゃない」
「けどな……」
あたしは、早川をジロリと見上げる。
「あたしに悪いって言うなら――仕事で挽回しなさい。これ以上ないくらい、頑張って――胸張って、会いに来なさいよ」
早川は、目を丸くして、あたしを見下ろす。
そして、口元を上げた。
「――……わかった。じゃあ、お大事に、な」
「――……ええ、じゃあね……お見舞い、ありがと。助かった」
あたしは、袋を軽く持ち上げ、早川に言った。
助かるは助かるのだ。
今、この状態で、買い物に行けるはずもない。
すると、ドアを閉めようとした早川は、思い出したように言った。
「そうだ、領収証の件、山本さんが明日なら来られるって事だから――」
「わかった。じゃあ、明日、準備しておくから」
あたしが、そう言うと、早川はギョッとする。
「お、おい!休めよ、バカか!」
「休める訳ないでしょ。幸い、そんなに深い傷じゃなかったし、薬だってもらったんだから」
「だからって……」
渋る早川を、あたしは真っ直ぐに見上げる。
「――こんなので休んだら、また、良いように言われるじゃない」
「杉崎」
「悪いけど、あたしは、負けてられないのよ」
この先も、一人で生きていく為に――。
早川は、呆気にとられたが、すぐに気を取り直す。
「――……なら、何かあったら言ってくれ。絶対に、力になるから」
力を込めて言った言葉に、疑う余地は無い。
こういう時、コイツは適当な事など言わないのは、会社に入った時から知っている。
「――……わかった。……ありがとう」
早川はうなづくと、今度こそ、部屋を後にした。