Runaway Love
 早川からもらった携帯食や、栄養ゼリー類、スポーツドリンクを片付け、キッチンの棚に寄りかかる。

 ――あ、ちょっと、痛み止め、切れかかってるかも。

 地味にズキズキしてきた腕を押さえ、あたしはリビングのラグの上に横たわる。
 左を下にしないように気をつけ、大きく息を吐く。
 薬は、一日二回。
 二時くらいに注射を打ったから――せいぜい、あと一回。
 眠れないのは困るから、寝る前に飲むつもりだ。
 それまでは、何とか耐えないと。
 あたしは、目を閉じて呼吸をゆっくりとする。
 だが、痛みがジリジリと増してきたような気がして、眉を寄せた。

 ――ああ、もう……やっぱり、痛み止め、飲もうかしら。

 身体を起こし、バッグを引きずり寄せる。
 中に入っていた薬の紙袋を出していると、またチャイムが鳴った。
 あたしは、ゆっくりとテーブルに手をつきながら立ち上がり、玄関のドアスコープをのぞくと、目を丸くした。
 野口くんが、不安げに、ドアの前で立っていた。
 あたしは、すぐに 、彼を中に入れる。

「――す、すみません。……ちょっと、心配で……」

 野口くんが、申し訳なさそうに、そう言ってあたしを見て――すぐに息をのむ。
「だ、大丈夫ですか。顔、真っ青ですよ……!」
「――え」
 彼は慌てて、ドアを閉めると、お邪魔します、と、靴を脱いだ。
「の、野口くん?」
「薬、もらいましたか?」
「ええ。今、飲もうかと……」
 そう言ってうなづくと、野口くんは、あたしを支えキッチンに向かう。
「え、ちょっ……大丈夫だから……」
「大丈夫そうに見えないんですってば」
 見た目以上に強い力で、引きずられるようにシンクに連れて行かれる。
 そして、手近にあったコップに水を入れて手渡された。
「薬、そこのテーブルにあるヤツですか」
「あ、え、ええ」
 すると、急いで薬の紙袋を持って来る。
「ホラ、早く飲んでください」
「――野口くん」
 あたしよりも、青い顔になっているだろう彼から、素直に、渡された薬を飲む。
「……何か、手伝う事ありますか」
 不安そうに、あたしを見下ろす野口くんに、あたしは首を振る。
「――……ありがとう。でも、大丈夫。今、ちょっと痛み止めが切れただけだから」
「けど……」
「――……ごめんなさい、心配しないで良いから。明日には、ちゃんと出社できるし」
 あたしは、できる限り口元を上げて笑みを作る。
 それは、これ以上踏み込まないでほしいとの、意思表示。

 ――聡い野口くんなら、すぐに、気づく。

 予想通り、彼は一瞬戸惑ったけれど、うなづいて頭を下げた。
「……わかりました……。……何かあったら、連絡ください」
「――ありがとう」
 そう言って、部屋を出て行く野口くんは、少しだけ落ち込んだように見えた。

 ――……ごめんなさい。

 心配してくれてるのは、うれしい。

 でも、それ以上は欲しくない。

 ――……もう、何も――……。


 ただ、平穏な日々が戻って来てほしいだけなんだ。
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