Runaway Love
 昨日と同じように、既に外山さんと野口くんは社食に行っていて、大野さんも早足で向かった。
 あたしは、バッグに投げ込んでいたゼリー飲料を口に含むと、ふう、と、イスの背もたれに背中を預ける。

「大丈夫か」

 その瞬間、ドアの方から声がかけられ、あたしは、反射で背筋を伸ばした。

「――早川」

 早川は、あたしの様子を伺いながら、部屋に入って来る。
「……ど、どうかしたの」
「傷はどんなだ」
 そう言いながら、そばに来ると、あたしのマスクに手を伸ばそうとしたので、さりげなく避けた。
「――だいぶ、腫れも引いてきたわ。口元の傷は、もうほとんど、わからない」
 そう伝えると、ふう、と、大きく息を吐かれた。
「――……そう、か。……良かった……」
 本気で安心したのか、隣の外山さんのイスに座った早川は、あたしをのぞき込んだ。
「……何よ」
「……いや、目の下、クマできてるな」
「え」
 あたしは、そう言われて慌ててバッグから手鏡を取り出した。
 頬に気を取られていたせいで、気づかなかった。
「……でも、まあ、そんなの気にする人もいないし、大丈夫よ」
「バカ、オレが気になるんだよ」
 早川はそう言って、真っ直ぐにあたしを見つめる。
 その瞬間、心臓が跳ね上がるが、あたしはそっと服越しに押さえた。
 すると、ドアが開いた気配がし、そちらを見やると、あたしは一瞬ギクリとしてしまった。
「の、野口くん――……」
 社食から帰って来た野口くんは、そのまま、あたしの方へ歩いてくる。
「《《茉奈さん》》、ちゃんと、何かお腹に入れました?」
 そう言いながら、あたしと早川の間に入り込み、ヒザをつくとあたしを見上げた。
「――ええ、大丈夫」
「帰り、またウチに寄ってください。心配なんで」
 野口くんは、そっとあたしの頬を、マスク越しに触れる。
 瞬間、早川は勢いよく立ち上がった。
「――じゃあな、昼休憩終わるわ」
「え、あ」
 返事をする間もなく、早川は部屋を後にした。
 それを見やり、野口くんはニコリと笑う。
「――すみません、邪魔しちゃって」
「……野口くん……」
 完全に、わざとだ。
 あたしは、一瞬だけ、怖いと感じてしまった。
「でも、言いましたよね。――次は、牽制するって」
「そ、そうだけど……あんなに、あからさまに……」
「嫌でした?」
「嫌とかじゃなくて……そんな事しなくても、あたしは――……」
 無意識に言いかけて、我に返る。

 ――”あたしは”……?

「茉奈さん?」
「……ううん、何でもない。ただ、いくら昼休みとはいえ、会社って事は忘れないで」
「――そうですね。すみません」
 野口くんはうなづくと、立ち上がって自分のデスクに戻ったが、思い出したように続けた。
「でも、帰りは送りますからね」
「――ええ……ありがとう」
 あたしは、その言葉には素直に甘える事にする。

 少しでも、恋人というアピールをする為。

 そして――野口くんを、安心させる為に。
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