Runaway Love
「あー、来た来た、杉崎くん」

「おはようございます、部長」

 部屋に入るなり、部長が待ち構えてたようにやって来たので、不思議に思いながらも挨拶をする。
「キミ、呼ばれてるから」
「は?」
「社長室。……一体、何やったの」
「――……は??」
 あたしは、野次馬根性丸出しの部長を振り切ると、言われるままに、十二階にある、社長室へと向かった。

「杉崎」

「早川?」

 すると、エレベーターを下りた目の前に、早川が待機していた。
「……何、アンタも呼ばれたの……?」
「――ああ」
「理由、わかる?」
「……わかるような、わからねぇような……」
 早川を見上げれば、複雑そうな表情。
 決して、良い事なのではないと、簡単に予想できる。
「まあ、行ってみないことには、わからないが――」
「それもそうね」
 あたしは、そのまま奥へと進み、社長室、と、書かれたプレートを見上げた。
「失礼します」
 早川がドアをノックし、あたしは後について入る。

「ああ、おはようございます、お二人さん」

 にっこりと、窓際から笑いかけてくる、少し背の低い恰幅の良い男性。
 白髪交じりではあるが、肌つやは、若さを感じさせる。

 オオムラ食品工業――大村(おおむら)敏春(としはる)社長、御年六十五歳だ。

「営業部、早川崇也くん。経理部、杉崎茉奈さん」

「「ハイ」」

 二人で返事がハモってしまうけれど、今は、それをどうこう言っている場合ではない。
 表情を崩さない社長に、少々ビクつきながら、次の言葉を二人で待つ。

「お二人さんは、正式に交際してるのかな?」

「「――……は????」」

 今度は、ハモってもしょうがないと思いたい。
 一体、ドコ情報だ、それは。
 あたし達が、目を丸くしているのに気づくと、社長は咳払いを一つした。
「あー、今時は、こういう事を聞くのもマズイとはわかってるんだけどねぇ」
「……いえ、あの……」
 早川の言葉を遮るように、社長は続けた。
「昨日、警備員から、正門前で二人ともめている若い男性がいると、報告があってねぇ」
 あたしは、その瞬間、息をのんだ。

 ――岡くんの事だ!

「ホラ、一応、正門って会社の顔でもある訳だから、騒ぎになるのは、ちょっとねぇ」
「申し訳ありません!!」
 あたしが、どう説明しようかと迷っていると、早川は体を九十度に曲げて謝罪をする。
「は、早川」
「いや、謝らなくても良いんだよ。若いうちは、いろいろあるしねぇ。ただ、ボクは、事情を知っておかなきゃいけない立場だからねぇ」
 緊張感漂う早川に対し、社長は、あくまで穏やかだ。
 ――ただ、威圧感はあるけれど。
「自分と杉崎は、そういった関係ではありません。――ただ、昨日、自分と、その男の間で少々いさかいがあったのは事実です」
 きっぱりと言い切る早川は、頭を下げたままだ。

 ――ダメだ。これじゃあ、コイツだけが悪者になる。

 借りを作るなんて、ごめんだ!!

「社長!その男性は、私の知り合いで……少々、早川との間で誤解があっただけです。――……早川は、私の事を心配してくれただけですので」

 あたしは、真っ直ぐ社長を見て、言い切った。
 事実は事実だ。やましい事なんて、何も無い。
 すると、社長は、にっこりと笑い、うなづいた。
「そうかぁ。アレかな。つきまといとか、そういうのと勘違いしたのかな?」
「え、あ」
 不意打ちで尋ねられ、早川は戸惑いながら顔を上げた。
「彼女の事を守ろうとしたんだねぇ。うん、それなら、真実はどうあれ、ちゃんとした理由だねぇ」
「あ、あの……」
 心なしか、耳まで赤くなった早川は、最終的には社長の説にうなづき、あたし達は解放された。
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