Runaway Love
「野口くん、ホント、大丈夫だから。明日も仕事だし――行き先、産婦人科よ?」
 あたしが、慌てて言うと、彼はすぐに反論してきた。
「オレは、平気です。姉さん、結婚して子供いますし。甥っ子見に、病院行った事もありますから」
「――……でも」
「迷惑、ですか」
 そう口にする野口くんは、少しだけ、さみしそうに見え、あたしは慌てて首を振った。
「ちっ……ちがっ……」
 彼は、チラリとあたしを見やると、車を出す。
 少しの間の沈黙。
 それすらも耐えられず、あたしは口を開く。
「――……ごめんなさい」
 そう謝ると、
「……何がですか」
 すぐに返され、言葉に詰まった。
 いろんな事が、申し訳無く思えて――でも、それを言うと、野口くんの状態が悪くなりそうで、それ以上は続けられない。
「――茉奈さん、行き先、どこですか」
「え、あ――」
 すると、もう、車が駐車場から出るところだったので、あたしは、ここから三十分ほどの産婦人科の名前を告げた。
 どうやら、お姉さんが産んだところと一緒だったようで、野口くんは、すぐに経路を決める。
「ここら辺、総合病院か、そこくらいしか、産婦人科無いんですよ。このご時世、閉めるところも多くて」
「そ、そう」
 あたしは、驚きながら、野口くんをまじまじと見る。
 すると、その視線に気づいたのか、赤信号で停まると、彼は、あたしを見やった。
「……な、何ですか?」
「え、あ、いや。……詳しいな、って」
「ちっ……違いますよ⁉言いましたよね、大家族の家系だって。毎年のように、親戚中で子供が産まれてたんですよ!そのたびに、全員で病院まで押しかけて行ってたんですから、嫌でもわかります!」
 言い訳するように、珍しく長台詞の野口くんは、薄暗くなっていく車内でもわかるくらいに真っ赤だ。
 若干、息切れを起こしているようで、肩が上下している。
 けれど、信号が青に変わって、すぐに発進すると、気まずげにこちらをうかがってきた。
「……き、気持ち悪い、ですよね」
「は⁉」
 思いもしなかった言葉に、あたしは驚いて言い返した。
「何、言ってるの⁉そんな訳無いでしょ!」
「で、でも、独身男がそんな風に、産婦人科に詳しいとか……」

「別に変じゃないでしょ。――良いパパになれるんじゃないの」

「え?」
「え?」

 するりと出た言葉に、お互いに驚く。
「――っ……いっ……一般論よ⁉」
「わ、わかってます!」
 あやうく、野口くんのハンドル操作が危なくなりそうになり、あたしは、それから、目的地まで、口を閉じていたのだった。
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