Runaway Love

40

「か、駆くん……どうかしたの?何かあった?」
 あたしは、路駐してあった彼の車に乗せられると、そう、切り出した。
「……何か無いと、来ちゃいけませんか?」
「え、いや、そういう意味じゃ……」
「――ただ、心配だっただけです。初日でしたし」
 少し拗ねたように言うと、野口くんは、車を出した。
「あ、ありがと。……でも、大丈夫だったわよ。何だか、歓迎されちゃったし」
「なら、良いんですけど……」
 あたしは苦笑いを浮かべ、窓の外を見やる。
「駆くんこそ、大丈夫だった?別に、無理して迎えに来なくても良いんだからね?」
 すると、野口くんは、あたしの手を握る。
「――来たくて来てるんですよ」
 そう、ふてくされるように言うと、握っていた手は指を絡められる。
 そして、力を込めると、再びハンドルに手を戻した。
「夕飯、食べに行きませんか」
 あたしは、少し考え、首を振る。
「明日、工場の人達が、歓迎会開いてくれるの。二日連続で、外食は……」
「なら、何か作ります?」
「まあ、いつもの作り置きもあるし」
 やんわり断ろうとすると、野口くんは続けた。
「……あの、オレ、姉貴にちょっと聞いて、簡単な料理、練習してるんです」
「え?」
「――だから、茉奈さん、ウチに来ませんか」
 その誘いに、心臓が鳴る。
 この前から、意識しすぎだとは思うけど、どうしても、そっち方面に考えが向かってしまう。
 すると、野口くんは、クスリ、と、笑う。
「夕飯だけですよ」
「べっ……別にっ……」
 反論しようとするが、途中でやめた。
 どうせ、このコにはお見通しなんだろうから。
「……じ……じゃあ……」
 そう返すと、野口くんは、あたしを見やり微笑んだ。


「お、お邪魔します」

「どうぞ、適当に座っててください」

 まだ、慣れない野口くんの部屋に、恐る恐る入る。
 荷物を床に置くと、あたしは、冷蔵庫から食材を確認しながら出している、彼の後ろ姿を見やった。
「――ねえ、手伝おうか?」
「いえ、オレ一人で大丈夫です。――何なら、本読んで待っててください」
「え、ええ……」
 少々、肩ひじが張っているように見えるが、本人がやる気になっているのなら、任せよう。
 ――それに、やっぱり、気になるし。
 あたしは、本棚を見上げ、背表紙を流し見していく。
 芦屋先生のシリーズは、大体揃っているけれど、せっかくだし、別の人の本も見てみたい。
 そんな事を思いながら、手を伸ばそうとした瞬間――

「うわっ……!」

 野口くんの、あせった声が聞こえ、あたしは振り返る。
「のっ……か、駆くん、大丈夫⁉」
 急いでキッチンの方に向かうと、彼は、振り返り、眉を下げた。
「すみません、大丈夫です。ちょっと、包丁が当たっただけですから」
 そう言って、あたしに左手を見せてくる。
 人差し指に、うっすらと赤い線が入っていた。
「血が出てるじゃない!」
「え、いや、そんな重傷じゃ……」
 あたしは、野口くんの手を掴むと、シンクで水を出して、傷口の血を流す。
「ばんそうこう、ある?」
「あ、ハ、ハイ。救急箱に……」
「わかった。ちょっと待ってね」
「ま、茉奈さん」
 あたしは、反対側のメタルラックを振り返り、一目でわかった救急箱をテーブルに置いて開ける。
 ひと通り揃っている、と、前に言っていたとおり、湿布やら、風邪薬や胃腸薬などの飲み薬やら、中々のラインナップだ。
 その中に見つけた、ばんそうこうの箱を開けて一枚取り出すと、シンクの前で待っていた野口くんのところに向かった。
 指を見れば、血はにじんでいたが、大量という訳ではなさそうで、一安心だ。
 あたしは、彼の指にばんそうこうを貼ると、顔を上げた。

「――あたしも、一緒に作ります」

 有無を言わさない口調に、野口くんは、苦笑いでうなづいた。
< 178 / 382 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop