Runaway Love

45

 いよいよ、お盆前最終週。
 あたしは、いつもと同じように、同じ時間のバスに乗る。
 昨日は、結局、先輩の言葉が頭の中をめぐり続け、眠りも浅く、ほとんど寝た気がしなかった。
 バスの振動に揺られると、一瞬、意識が飛びそうになり、慌てて身体を起こす。
 終点ではないのだから、寝過ごしたら完全にアウトだ。
 そして、どうにか工場前のバス停で降りると、深呼吸をする。

 ――……これで、最後にしよう。

 お盆明けに社長に意思が変わらない事を伝え、退社する。
 それから、早目に引っ越し先を考えないと。

「おはようさん、杉崎さん!」

「あ、お、おはようございます、工場長」

 入り口から、ロッカールームへ向かう途中、正面から工場長がやって来て、にこやかに挨拶してくる。
 ――朝から元気な人だな。
 苦笑いが浮かびそうになるのを隠し、頭を下げた。
「今週、お盆前で工場フル稼働だから。いつも以上にバタバタするから、覚悟しておいてな!」
「……は、はあ……」
 一応、お盆休みは、本社は十一日からとなっているが、工場は二手にズラしている。
 十一日から十五日までのチームと、十三日から十七日のチームらしい。
 実質、工場が稼働を休むのは、十三日から十五日まで。
 その為のスケジュール調整で、忙しいようだ。
 あたしの休みは、カレンダー通りの十一日と、休みが重なる十三日から十五日。
 工場の事務を、代わりに引き受けてくれる人がいないのだから、あきらめる。
 休み明けは、溜まっている書類の量を覚悟しなければ。
 そんな事を思いながら事務所に入ると、瞬間、電話が二本同時に鳴り響き、慌てて取る。
 工場長も気がついたようで、もう一本を取ってくれた。
 納品業者の確認の電話。
 あたしは、壁の掲示板に貼ってある、工場の製造スケジュール表を確認し、更に工場長に確認を取って答える。
 そして、金庫の鍵を出し、仕事を始めようとすると、今度は工場の人が飛び込んできた。
 急に、第四工場の機械の一部が止まったらしい。
 工場長がダッシュで状況を確認に向かうと、すぐに、その工場長宛に電話が来る。
 お盆前に合わせての製造スケジュールは、既に押せ押せだ。
 その上、トラブルときて、工場は大わらわ。
 さっき言ってたバタバタは、こういう事かと、少々甘く見ていた自分を悔やんだ。

 お昼休み、食堂に入れば、若干疲れ果てた空気が漂っていて、怯んでしまう。
「おや、杉崎さん、今休憩?」
 すると、永山さんが、角の席から、あたしに手を振って言った。
 あたしは、うなづくと、そちらまで向かう。
「お、お疲れ様です。……ちょっと、電話でバタバタしまして……」
 時刻は一時半。休憩に入るには、少し遅いだろうが、食堂は常時開放されているので、弁当組には問題はない。
 永山さんは、おにぎりを口にすると、ニコニコとうなづいた。
 そして、お茶で流し込むと、豪快に笑う。
「アハハ!柴田さんも、この時期はいっつもこんなだったから、普通よ、普通!」
 あたしは、曖昧にうなづく。
 ……これを毎年捌いていたなんて、やっぱりスゴイ人だったんだ。
 経理部には、経理部の忙しさがあるが、ここには、ここの忙しさがあるのだ。
「ホラ、突っ立ってないで、座りなって。時間もったいないでしょ」
 永山さんに、座るように言われ、あたしはうなづく。
 何だかんだと、気にかけてくれるのはありがたい。
「お盆前だからねぇ。ま、これを乗り切れば、少しはマシだから」
「……そ、そうだと良いんですが……」
 あたしは、水筒のお茶を半分近く飲み干すと、ほう、と、息を吐いた。
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