Runaway Love
 ようやく落ち着いた肌をのぞき込むと、早川は、気まずそうにあたしを見た。
「……完全に消えたとは言えねぇが……」
「――……まあ、しょうがないわ。後は、なるようにしかならないでしょ」
 もう既に、半分あきらめ加減だ。
 万が一、野口くんに()かれたら、その時は正直に言うしかない。
 言って――できる限り、彼を安心させてあげないと。
「……それもそうだな。……あと、この事は、適当にごまかしておけよ」
「――ええ、わかってる。……でも、ありがとう、助かったわ」
 ウソを吐く罪悪感は――もう、こんな風な、あたしの態度の代償だ。
 それは覚悟している。
「じゃあな。そろそろ行くわ」
 早川が立ち上がったので、あたしも、うなづいて、一緒に立つ。
「お土産、ありがとう。――じゃあね」
「ああ」
 玄関のドアを開けると、早川は、サッと、視線を下に移した。
「――大丈夫そうだな」
「……それでも、後ろめたさはあるワケ」
「お前に迷惑かけたくねぇだけだ」
「じゃあ、そもそも来ないでよ」
「うるせぇよ。会いたかったんだから、しょうがねぇだろ」
 いつまでも続けられそうな軽口に、心は、少しだけ穏やかになる。
 ――コレが恋愛感情なのか、別なのかは、わからない。
 早川は、名残惜しそうに、あたしを見やる。
 その熱っぽい視線に、思わず目をそらした。
「――さっさと行きなさいよ、バカ」
 すると、早川は、真っ直ぐにあたしを見て言った。

「――本当は、ずっと、一緒にいたいんだけどな」

 あたしは、その言葉に一瞬止まる。

「――……困らせないでよ……」

「……わかってる」

 それだけ言うと、早川は部屋を後にした。


 それから、あたしは、自分でも蒸しタオルを作って、首筋と背中に当てる。
 ――明日までに、できる限りの事をしなきゃ。
 ふう、と、息を吐くと、テーブルに置いていたスマホが一瞬振動する。
 チラリと見やり、ためらうが、あたしはタオルを置いて手に取った。

 ――明日、もう、部屋に帰ります。甥っ子は、大丈夫そうなので。

 野口くんから。
 そう思うと、心臓が、跳ねてしまう。
 あたしは、どうにかそれを押さえつけて返した。

 ――良かった。明日、どうする?

 すると、すぐに着信になる。
 少しだけ深呼吸をし、通話状態にすると、スマホを耳にあてた。
『今、大丈夫ですか』
「ええ。――駆くんこそ、大丈夫?」
『……まあ、かなり振り回されましたけど……』
 声の向こうに疲れが見えて、あたしは聞き返した。
「え、本当に大丈夫なの?まだ、半日しか経ってないけど……」
『ああ、すみません。――甥っ子、熱があるのに、いつもより元気というか……妙にテンション上がってしまって、家の中ではしゃぎまくってたんです』
「そ、そう……」
 自分には、まったく縁の無い話に、うなづくしかない。
『それを追いかけて回ってたんで……ただ、体力が削られただけです』
「……ま、まあ、元気になったなら、良しって事にしない?」
『そうですね。それに、姉も、後からオレの予定聞いて、真っ青になってたんで、明日は絶対に解放してもらえます』
「え」
 あたしは、ギクリ、と、してしまう。
 ――ちょっと待って。お泊りの予定、話したの?!
 すると、野口くんは、淡々と返した。
『別に、茉奈さんの事は、隠すつもり無いんで。それに、いい歳した男が、彼女と泊まりで過ごすって言ったって、冷やかされる事も無いでしょう』
「――そ、そう……」
 あまりに堂々とした宣言に、こちらが戸惑ってしまう。
 素直に喜べないのは――あたしの事情だ。
『で、明日、迎えに行きますけど……行きたいところ、あります?』
 あたしは、少し考えるが、思い浮かばない。
 お盆休み、そもそも、出歩く人が多すぎて出る気がしない。
 そう伝えると、野口くんは、クスリ、と、笑う。
『そうですよね。……オレも同じです』
「じ、じゃあ……駆くんの部屋で、本、読みたいかしら」
『――ハイ』
 彼は、一瞬遅れて返す。
『――……オレは、茉奈さんといられるなら、何でも良いんで』
「……あ……ありがと……」
 そして、明日の時間を決めると、通話を終えた。
 本を読みたいのは、本心だ。

 けれど――彼と向き合って、一度、きちんと話さないといけないような気もした。


 ――逃げるなよ。


 そう、早川に言われた言葉のせいだとは、思いたくなかったけれど。
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