Runaway Love

53

「あ、将太くん、今日バイトなの?」
 馴染みの顔なので、あっさりと受け入れられた岡くんは、あたしの隣に来て続けた。
「ええ、少し前に来たばかりで。今日は、永山さん達はいないんですね」
「そう、そう。今日は若い方で女子会なの」
 笑いながら返すのは、あたしの次に年上――とは言っても、二十四歳だが――の、黒田(くろだ)さんだ。
「そうでしたか」
「え、でも、将太くん、どうして」
「――ああ、オレ、茉奈さんの義理の弟と友達で。その縁で、最近、お世話になってて」

 ――間違ってはいない。

 でも、素直にうなづけないあたしを、彼はのぞき込んできた。

「この前の食事会の時、奈津美が言ってました。茉奈さん、冷えるタイプだ 、って。だから、あんまり氷入れない方が良いかと思って」

「……そ、そう」

 ぎこちない返事も気にせず、岡くんは彼女達の質問に答えているが、注文が入ったらしく、そちらに移動した。

「何だ、杉崎さん、言ってくれれば良かったのにー」
「ご、ごめんなさい……。隠すつもりは無かったんだけれど……言い出せなくて……」
 すると、みんな、そんな事は全く気にしていないように続けた。
「別に構いませんよー。言えない事情でもあったんでしょう?でも、知り合いだったんですね、将太くんと」
 向かいに座っていた二人は、チラチラと彼を見ながら、あたしに言う。
 何かを知っているようなセリフに、あたしは苦笑いで返した。

 ――ああ、たぶん、コレは知られていたな。

 一番最初のゴタゴタは、既に、社内のSNSで広まっていたようだ。
 けれど、その上で、こうやって接してくれてるのは、とてもありがたいと思う。
 そんなあたしをよそに、会話はいろんな方向へ進んでいく。
 こういう切り替えの早さは、若さ故か、この()達の性質なのか。
 すると、内容は岡くんの方へと移っていった。
「でも、いいなぁ。将太くん、結構、ウチの工場で人気者なんですよ。おばさま達に可愛がられるタイプだよね」
「そうそう。永山さんとか、お気に入りだもん」
「別に、あたしは……」
「まあ、杉崎さんには、イケメン彼氏さんがいますもんね」
 ため息交じりに言われ、苦笑いで返すしかなかった。
 どうやら、本気の恋愛対象というより、総務の高岡さんのように、男性アイドルを見る目のようで――心のどこかで、安心している自分に苦る。

「あ、来た来た!」

 すると、注文したメニューが揃ったので、改めて乾杯。そして、再び、話題があちらこちらに飛びながらも、話は弾む。
 何だか、昔憧れていた光景が目の前に広がっていて、あたしは、胸がいっぱいになった。


 二時間程度でお開きになり、余韻に浸りながら店を出る。
 みんなで、車二台で乗り合わせて来たので工場の駐車場に戻るが、あたしはタクシーで帰る事にする。
「杉崎さん、送りますよ?」
 あたしは、その申し出には首を振った。
 方向的にズレているので、寄り道させるのは申し訳無いし、何より、若い()達は、早く帰してあげないと。
「大丈夫よ、タクシー呼ぶから」
「でも」
「そんなに距離がある訳じゃないし。あなた達の方が遠いんだからさ、気をつけて帰ってね」
 そう返せば、全員でうなづく。
「じゃあ、お疲れ様でした。杉崎さんも、気をつけて帰ってくださいね!」
 そして、そう言うと、手を振って去って行った。
 あたしは、笑顔でうなづき、彼女達を見送ると、タクシー会社に電話をしようとスマホを取り出し――そして、その手は止められた。

「……岡くん……」

「――……送ります」

 あたしは、さりげなく彼の手を外し、首を振る。
「いいわよ、アンタはバイトに戻りなさい」
「――明日から大学(がっこう)行くんで、今日はもう終わりです」
「なら、なおさら――」
「茉奈さん」
 岡くんは、眉を寄せてあたしを見つめる。
 相変わらずの真っ直ぐな目に、視線を落とした。

「……アンタにも、言っておかなきゃよね……」

「……え?」
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