Runaway Love

54

 翌朝、出勤すれば、事務所のあたしの机の上のカゴには、書類が山になって積まれていた。
 お盆休み終了で、工場はフル稼働。
 早速、備品の発注や、機具の取り換え依頼、締日間近の入金連絡――。
 げんなりしている場合ではない。
 あたしは、金庫から鍵を取り出すと、まず、現金の確認から始めたのだった。


「杉崎さんや!そろそろ、昼飯行ったらどうだい!」

 気がつけば、もう一時を過ぎる頃。
 工場長がやって来て、あたしに声をかけた。
「あ、ハ、ハイ。じゃあ……」
 広げていた書類を簡単にまとめ、あたしは事務所を工場長に任せ、ロッカールームに向かう。
 そして、いつものようにお弁当を持つと、食堂へと足を向けた。

「杉崎さーん!」

「藤沢さん」

 すると、窓側のテーブルから、ブンブンと手を振る彼女。
 どうやら、これからお昼のようで、ランチプレートが目の前に置かれていた。
「今日は一人なの?」
 あたしは、そちらへ向かうと、辺りを見回す。
 珍しく、いつもの近しい女の子たちは見えない。
「ハイ。まあ、ライン違うんで、一緒になる時だけ一緒なカンジなんです」
「――そうなの」
「てコトで、一緒に食べましょうよー!一人さみしいですー!」
 ストレートすぎる物言いに、苦笑いでうなづく。
 彼女の向かいに座ると、あたしはお弁当を広げた。
「杉崎さんって、いっつもお弁当ですけど……自分で作ってるんですか?」
「え?――ええ、まあ。一人暮らしだし」
「あ、そうなんですね。てっきり、野口さんと住んでいるのかと思いました」
「え」
 その言葉に、あたしは、口にしかけた卵焼きを取り落とす。
 お弁当に逆戻りしたそれを、慌てて取り上げ、定位置に戻した。
 藤沢さんは、そんなあたしに構わず続ける。
「ああ、でも、うらやましいなー。野口さんって、杉崎さんにべた惚れってカンジですよねー」
「べっ……⁉」
 完全に硬直したあたしを見やり、彼女はニヤニヤと笑った。
「杉崎さん、真っ赤―!カワイイー!」
「えっ、いやっ……な、何言ってっ……!!」
「いいなぁー。あたしも、早く、新しい彼氏、欲しいなー」
 ボヤきながら、ご飯を食べ進める彼女に、ようやく自力で解凍したあたしは尋ねた。
「……えっと……この前、別れたって言ってたのって……」
「ああ、ハイ!あのバカ男、二股どころか、三股って、何よ!!もう、思い出したら、腹立ってきた!」
 せっかく解凍したのに、また、固まってしまった。

 ――……ごめん。それについて、あたしは何か言える立場じゃない。

 そんなあたしの心境に気づくはずもなく。
 彼女は、散々グチをこぼしながらも、ご飯を完食していたのだった。
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