Runaway Love
「――……おはよう、野口くん」

「……おはようございます、杉崎主任」

 お互いに、少しだけ間をあけて挨拶を交わす。
 それは、二人にしかわからない事。
 大野さんも、外山さんも、自分の仕事に取りかかっている。
 あたしは、自分のデスクの引き出しを開け、残っている書類や私物を片付ける。
 向こうに持って行けるものをチェックし、持って行かなければならないものを、大野さんに確認した。
 そして、段ボール一箱が埋まる辺りで、荷造りは終わる。
「じゃあ、それは、社内便で送るから」
「ハイ、お願いします」
 本社からの便は、大阪支店には一日一便。
 宅配便を使っているので、翌日には着く。
 あたしは、軽くデスクを拭くと、部屋を見渡した。

「――それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「ああ、頼むな」

 その言葉にうなづいて返すと、あたしは、部屋のドアを開け、頭を下げてから出る。
 そして、小川さんの件で総務に寄ろうと思い、エレベーターのボタンを押すところで、名を呼ばれた。

「――杉崎主任!」

 駆け足で追いかけてきた野口くんは、あたしを見下ろして、息を吐いた。

「――……どうしたの……?」

「……見送り、行けないから……ここで――」

 うなづいて、彼を見上げれば、悲しそうな笑顔を向けられた。
「――どうか、元気で。……無理はしないでください」
「……ありがとう……」
「……帰って来る時は、心の準備、してくださいね」
 あたしは、目を見開く。

 ――……それは……。

「言ったでしょう?――告白、させてください、って」
「野口くん」
「――……終わりじゃありません。……始めるんです」
 無理矢理に作った笑顔は、まるで、自分を鼓舞するよう。
「……そう……ね……」
 けれど、あたしの涙腺は、その笑顔で簡単に崩壊した。
「――泣かないでくださいってば」
「……だってっ……」
「……それくらいには、オレを想ってくれていたって、自惚れて良いんですね?」
「……バカ……」
 野口くんは、うつむいて涙をハンカチで押さえるあたしの髪を、そっと撫でた。
「――会社ですよ。……マスカラしてなくても、泣いてるのわかりますよ?」
「――わかってるわよっ……」
 どうにか、しゃくりあげるまでには収まり、それから、化粧室で崩れかけたメイクの応急処置をする。
 その間も、野口くんは待っていてくれた。
「……サボったらダメでしょ」
「休憩です」
「――もう」
 思わず、苦笑いが浮かぶ。
 深呼吸すれば、ようやく通常仕様に戻ったと感じた。

「――……じゃあ、行くわね」

 顔を上げて、野口くんを見上げれば、彼もうなづいて返してくれた。

「――……ハイ……」

 エレベーターが到着し、あたしは振り返らず乗り込む。

 ――……いつまでも、振り返ってはいられない。

 ――……これから、なんだから。
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