Runaway Love
その日は、以前の様に作り置きで夕飯を終える。
場所は変わっても、やる事は変わらない。
それが、一番良い。
すると、スマホのランプがついていたので、手に取ると、藤沢さんからメッセージが届いていた。
――大阪、どんなですかー?
――落ち着いたら、写メくださいよ!
あたしは、苦笑いで返信をする。
写真は許してほしいところだけれど、まあ、機会があれば、という事で納得してもらう。
南工場の面々は相変わらずらしく、小川さんは、何とか日々の業務をこなしているようで一安心だ。
わからなければ、今日のように、メールをしてもらったりすれば良いし。
一人ですべて抱える必要など、無いのだから。
その後、奈津美からもメッセージは来ていて、部屋の掃除と換気を済ませたとの事。
また、来週に行くとあったので、ひとまずお礼は返しておく。
お腹の子は順調なようで、今はだいぶ動けるようになったようだ。
甥か姪かはわからないけれど、無事に産まれてくれれば、こちらは何も言う事も無い。
――何にせよ、幸せなら――何も言う気は無いのだ。
そして、その幸せを壊すような真似をするなら――今度こそ、あたしは先輩と戦う。
――あたしが、あの男から、奈津美を守らないといけないのだから。
翌日以降、ひとまず、古川主任との対立も影を潜め、一見平和な日々が続いていた。
毎日のように、営業部では新規顧客を得て来て、その事務処理が追いつかずに、あたしまで駆り出されてしまう事もあるが、仕方ない。
会社が大きくなっていく足がかりになると思えば、誇らしくも思う。
時折、こちらで契約した問屋の人達が顔を見せるようになり、より、実感するのだ。
「杉崎主任、こちら終了です」
古川主任から書類を受け取ると、あたしは、チェックを始める。
一応、新規の案件が多くなったので、ダブルチェックを頼まれたのだ。
やはり、この人にとって、仕事は仕事なのだろう。
その考えは、自分に近いものを感じ、当初からの嫌悪感も薄れていった。
あたしは、原本と打ち込んだ書類を見比べ、不備が無い事を確認すると、彼に返却する。
それは、本社の総務部へ送られていくものだ。
古川主任は、元々、こちらでの経理以外の事務作業も、すべて任せられていたので、何をさせても卒なくこなしている。
今、経理と諸事務作業は別々になっているが、新人ばかりなので、結局はこの人が受け持っているのだ。
この五年、そのほとんどが、経理の仕事だけだったあたしにとっては、むしろ尊敬に値する。
そして、そのフォローを新人教育の傍ら、あたしがする形に落ち着いていた。
お昼の時間になり、一旦、休憩。
昼食は各自、自由に取る事になっているが、経理部の部屋の目の前に休憩スペースが設けられているだけで、他に場所は無い。
――まあ、営業部は、ほとんど外で取るのだ。ここにいる人間は、実質半分程になるので、ちょうどいいのかもしれない。
「杉崎主任、ここ、よろしいですか」
「え、あ、ハイ」
若い娘達の中に入る気力も無いので、並べられたテーブルの端っこに陣取ってお弁当を広げていると、目の前に古川主任がやって来てそう尋ねた。
いつも、時間をずらすなどして、遭遇しないようにしているようで、休憩時間が合うのはこれが初めてだ。
何を言うでもなく、淡々と持っていたお弁当を広げる彼を見て、あたしは目を丸くした。
「――……何でしょうか」
「え、あ、すみません」
ジロジロと見ていた自覚は無かったけれど、不快そうに言われ、あたしは思わず謝った。
手元のお弁当は、彼のイメージとは重ならない、とても彩りの良い美味しそうなもの。
もしかして、奥様の手作りだろうか。
そう思い、左手にさりげなく視線を移すが、指輪は無かった。
「――自分で作っているんですが、何か」
「えっ……いえ、あの……お上手だな、って……」
それは、本心だ。
あたしは、本当に作り置きを簡単に詰めるだけなのだ。
古川主任のものは、朝から時間をかけているように見えて、感心してしまった。
「――自分が納得できないものは、作りたくないので」
「スゴイですね」
思わず、素になって返事をしてしまったが、その気持ちは本当だ。
適当にしたものは、何であれ、どこかで歪みが出ると思う。
それは、他の人への影響だったり、自分の心だったり。
ここまで自分を律している人も、珍しいのではないか。
すると、古川主任は、一瞬だけ目を見開き、そして、再び箸を進めようとしたが、一旦止まった。
「――あなたのものも、美味しそうに見えますがね」
そう言って、あたしのお弁当を見やると、口元を上げ、自分のものに手を付けた。
場所は変わっても、やる事は変わらない。
それが、一番良い。
すると、スマホのランプがついていたので、手に取ると、藤沢さんからメッセージが届いていた。
――大阪、どんなですかー?
――落ち着いたら、写メくださいよ!
あたしは、苦笑いで返信をする。
写真は許してほしいところだけれど、まあ、機会があれば、という事で納得してもらう。
南工場の面々は相変わらずらしく、小川さんは、何とか日々の業務をこなしているようで一安心だ。
わからなければ、今日のように、メールをしてもらったりすれば良いし。
一人ですべて抱える必要など、無いのだから。
その後、奈津美からもメッセージは来ていて、部屋の掃除と換気を済ませたとの事。
また、来週に行くとあったので、ひとまずお礼は返しておく。
お腹の子は順調なようで、今はだいぶ動けるようになったようだ。
甥か姪かはわからないけれど、無事に産まれてくれれば、こちらは何も言う事も無い。
――何にせよ、幸せなら――何も言う気は無いのだ。
そして、その幸せを壊すような真似をするなら――今度こそ、あたしは先輩と戦う。
――あたしが、あの男から、奈津美を守らないといけないのだから。
翌日以降、ひとまず、古川主任との対立も影を潜め、一見平和な日々が続いていた。
毎日のように、営業部では新規顧客を得て来て、その事務処理が追いつかずに、あたしまで駆り出されてしまう事もあるが、仕方ない。
会社が大きくなっていく足がかりになると思えば、誇らしくも思う。
時折、こちらで契約した問屋の人達が顔を見せるようになり、より、実感するのだ。
「杉崎主任、こちら終了です」
古川主任から書類を受け取ると、あたしは、チェックを始める。
一応、新規の案件が多くなったので、ダブルチェックを頼まれたのだ。
やはり、この人にとって、仕事は仕事なのだろう。
その考えは、自分に近いものを感じ、当初からの嫌悪感も薄れていった。
あたしは、原本と打ち込んだ書類を見比べ、不備が無い事を確認すると、彼に返却する。
それは、本社の総務部へ送られていくものだ。
古川主任は、元々、こちらでの経理以外の事務作業も、すべて任せられていたので、何をさせても卒なくこなしている。
今、経理と諸事務作業は別々になっているが、新人ばかりなので、結局はこの人が受け持っているのだ。
この五年、そのほとんどが、経理の仕事だけだったあたしにとっては、むしろ尊敬に値する。
そして、そのフォローを新人教育の傍ら、あたしがする形に落ち着いていた。
お昼の時間になり、一旦、休憩。
昼食は各自、自由に取る事になっているが、経理部の部屋の目の前に休憩スペースが設けられているだけで、他に場所は無い。
――まあ、営業部は、ほとんど外で取るのだ。ここにいる人間は、実質半分程になるので、ちょうどいいのかもしれない。
「杉崎主任、ここ、よろしいですか」
「え、あ、ハイ」
若い娘達の中に入る気力も無いので、並べられたテーブルの端っこに陣取ってお弁当を広げていると、目の前に古川主任がやって来てそう尋ねた。
いつも、時間をずらすなどして、遭遇しないようにしているようで、休憩時間が合うのはこれが初めてだ。
何を言うでもなく、淡々と持っていたお弁当を広げる彼を見て、あたしは目を丸くした。
「――……何でしょうか」
「え、あ、すみません」
ジロジロと見ていた自覚は無かったけれど、不快そうに言われ、あたしは思わず謝った。
手元のお弁当は、彼のイメージとは重ならない、とても彩りの良い美味しそうなもの。
もしかして、奥様の手作りだろうか。
そう思い、左手にさりげなく視線を移すが、指輪は無かった。
「――自分で作っているんですが、何か」
「えっ……いえ、あの……お上手だな、って……」
それは、本心だ。
あたしは、本当に作り置きを簡単に詰めるだけなのだ。
古川主任のものは、朝から時間をかけているように見えて、感心してしまった。
「――自分が納得できないものは、作りたくないので」
「スゴイですね」
思わず、素になって返事をしてしまったが、その気持ちは本当だ。
適当にしたものは、何であれ、どこかで歪みが出ると思う。
それは、他の人への影響だったり、自分の心だったり。
ここまで自分を律している人も、珍しいのではないか。
すると、古川主任は、一瞬だけ目を見開き、そして、再び箸を進めようとしたが、一旦止まった。
「――あなたのものも、美味しそうに見えますがね」
そう言って、あたしのお弁当を見やると、口元を上げ、自分のものに手を付けた。