Runaway Love
 新幹線の時間に合わせて、駅の中に入り、その中の店も見て回る。
「アンタ、お土産、どうすんのよ」
「え?」
 キョトンと返され、あたしはあきれて続けた。
「一応、教授とか、お家の人とか、あるでしょう」
「……あんまり、考えてなかったです。やっぱり、無いとマズいですか?」
 悩み始めた岡くんを見て、あたしはコンコースの隅に彼を連れて行く。
「マズいという訳じゃないけど……まあ、早川は、出張土産とか、よく持って来るわよ」
 すると、彼は思い切りしかめ面をしてみせる。
「茉奈さん、どうしてそう、ズルいコト言うんですか」
「例えば、よ」
「この前は、野口さんを引き合いに出すし」
「――……それは……アンタが駄々こねるから……」
 気まずくなってしまい、あたしは視線をそらす。
 駅の中の店には、お土産店も揃っているので、すぐに買えるのだから、簡単に決めれば良いのに。
 そんな事を思っていると、不意に視線を感じる。
 チラリと目を向けると、どうやら、隣の岡くんは、早川と同じようにこちらでも目を引くらしい。
 そわそわ、チラチラと、女性達があたしの隣を見やっては、コソコソと話しながら通り過ぎていく。
 当の本人は、まったく気にした様子も無く、ムスリとそっぽを向いていた。
「……ふてくされないでよ」
「――だって、茉奈さんが意地悪言うから」
 岡くんは、甘えたように言うと、あたしをのぞき込んだ。
「……な、何よ」
「いえ。……また、離れるのかと思ったら、さみしくなりました」
 ストレートな物言いに、思わず固まる。

 ――たぶん、顔は真っ赤だ。

 ――ていうか、あたし、昨日からおかしい。

 それこそ、いつもの岡くんなのに――胸の中が妙に騒がしい。

 もしかして、違う土地に来ているから、何かフィルターがかかってしまったのだろうか。

「茉奈さん?」
「え、あ、何でもないわよ!とにかく、教授には無理言ったんでしょ。お礼も兼ねて、持って行ったら?」
「そうですね……。教授、スネそうですし」
 あたしは、その言葉に目を丸くする。
「……教授にそんな事言って良いの?」
「ああ、ウチの教授、結構親しみやすいっていうか。研究室、みんな割と仲良いし。――じいちゃんと同じくらいの年齢(とし)なんですけどね」
 楽しそうに言う岡くんから、あたしは視線をそらした。
 ――あたしも、そんな風な環境で勉強をしてみたかった。
 それは、もう、叶わない事だし――今は、それどころではない。
「茉奈さん?」
「――楽しそうね、って思ってただけよ」
 すると、彼は優しく微笑んでうなづいた。
「――ハイ。楽しいですよ。……自分の夢に近づいてるみたいで」
「”けやき”の建て直し?」
「え」
 あたしの言葉に、岡くんは固まった。
 そして、次には耳まで真っ赤になる。
「え、え、何でそれっ……」
「――お盆の時、おじいさんとお話させてもらったのよ。その時、ちょっとだけ聞いたの。……まあ、内緒だって言われたけど」
「内緒になってないですよ!口滑らせてるじゃないですか!」
「――別に、恥ずかしい事じゃないでしょう。……素敵じゃない」
「いえ、恥ずかしいのはそれじゃなくてっ……」
 顔を両手で隠しながら、岡くんは、ボヤくように言った。
「――あの頃、オレ、すごくイキがってて……黒歴史っていうか……。……茉奈さん、それ、聞きました?」
「ええ、まあ。少しだけよ。ちょっと、荒れてたって事だけ」
「うわあ」
 彼は、そのまましゃがみ込む。
 かなりのダメージだったらしい。
「ホラ、立ちなさいよ」
 あたしは、あきれ半分に彼の腕を引っ張ると、素直に立ち上がった。
「……恥ずかしすぎる……」
「アンタにも、そういう感情があったのね」
「……茉奈さん?」
「だって、こっちが恥ずかしい真似、随分してたじゃない」
「……意地悪言わないでくださいー!」
 どうやら、過去の自分を、あたしに知られるのは避けたかったらしい。

 ――けれど、悶えている岡くんを、あたしは、やっぱり、可愛く思えてしまったのだった。
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